監査という仕事
弁護士生活が20年を越えたあたりから御縁あって地方自治体や学校法人の監査の仕事をさせていただくようになりました。就任後しばらくは果たすべき役割が判らないままでしたが、慣れてくると「組織の内部にありながらも組織を外部的視点で観る」ことの意味が少しづつ腑に落るようになりました。池田昭義「監査制度:仕方・受け方の実務」(学用書房)によると、監査の意義は次のように説明されています。「自分のお金以外のお金の収支を任された者、すなわち会計担当者は、一定の時に必ずその収支の状況を報告しなければならず、その際に収支の正確性・適性性を委任者に認めて貰うため、自分以外の第3者に検査してもらう必要が生じる。この場合の会計担当者以外の誰か(通常は監事さんと呼ばれる人)が検算することを「監査」という。」
「監査」は執行部の行う業務が適切に行われているかを正義性(適法性)基準によりチェックすることが基本です。しかし、それで十分ではありません。何故ならば営利企業である会社だけではなく公的法人(地方自治体・学校法人)も貴重な資源を配分し持続可能な経済活動を行っていく存在である以上、そこに効率性の基準を評価軸に置く監視も要請されるからです。即ち監査においては妥当性の視点も要請されます。この視点を磨くためには簿記会計の知識を習得することが不可欠ですけれども、弁護士の場合、それで十分では全くありません。何故ならば、この視点による監査は公認会計士などの専門家が外部的に行っているので弁護士の監査役に真に求められているのは「それとは違う何か」だからです。それが何なのか?おそらく監査役(監査委員・監事)弁護士によりその答えは違うものなのでしょう。私は、この問いに回答することが出来ないまま仕事を続けています。その答えは私が監査の仕事を「卒業」する頃に多少見えてくるものなのでしょうか。