男時・女時の循環を見極める
役者12において調子が良いときと悪いときの違いを述べた上で、調子が悪いときの対処のしかたにも若干言及しています。今風には「バイオリズム」とでも言うのでしょうが、世阿弥はもっと洒落た表現を使っています(「風姿花伝・花傳第七別紙口傳」岩波文庫106頁)。
また、時分にも恐るべし。去年盛りあれば今年は花なかるべき事を知るべし。
時の間にも、男時・女時とてあるべし。いかにすれども、能にもよき時あれば必ずわろき事あり。これ力なき因果なり。
プロの実力は紙一重。勝負は時の流れをつかんだ側が制します。将棋でも一流棋士は攻める時と受ける時の見極めが素晴らしい。紙一重のプロが戦うのですから常に攻めていける訳がありません。現在の局面を冷静に見極め優劣を的確に判断していける者こそ厳しい勝負の世界で勝ち残っていけるのでしょう。土屋恵一郎氏はこう述べます(「処世術は世阿弥に学べ」岩波アクテイブ新書)。
この時の波を読む能力が大事である。なによりも男時と女時とが必ず循環している事を知らないと時の波も読むことは出来ない。だが、これは言うのは簡単だが、実行するのはなかなか難しい。つい自分が押されていると思うと、がむしゃらに押し返そうとする。少し相手を見るということが出来ない。勝負事は何ごとでもそうである。人生だってそうであるに違いない。だからこそ世阿弥は、あえて能について語りながら、人生の大事として「男時・女時」の波をしっかりとつかまえて「男時」が来る時を見誤ってはならない、というのである。
弁護士になりたての頃は目の前の事件の帰趨に一喜一憂していました。負けると過剰に落ち込み勝つと過剰に喜ぶ。平均してみれば同じような線でやっているのですが、最初のうちは俯瞰する視点が得られず地平線の上をもがいていたようです。弁護士も、よき時あれば、必ずわろき事あり。