生理学・病理学・治療学
クロード・ベルナールは医学の各部門を「生理学」「病理学」「治療学」と分類し、これを実験によって研究する方法論を確立しました(「実験医学序説」岩波文庫)。この本が出版されたのは1865年、日本は未だ江戸時代です。クロード・ベルナールは生理学を「健康時における生命現象の原因の知識」病理学を「病気及びこれを決定する原因の知識」として「これを治療する実践的手法」たる治療学とともに医学の3本柱と規定しました。そして生命現象を無生物と同一のレベルで捉え生命という不可思議な現象から神秘的要素を排除したのです。クロード・ベルナールは機械論的生命観を徹底した人物であり、それ故に「生物学界のデカルト」と評されています。その思考はまさに3段論法です。「生命現象とはこういうものである・病気とは生命現象に関するしかじかの欠陥である・ゆえに病気を治療するには当該欠陥を是正すれば足りる。」という思考です。
弁護士が「社会生活上の医師」であるのならば弁護士が「病んだ依頼者」を治療するためには「健康な社会生活に関する知識」が要ることになります。弁護士は「社会生活の病理現象及びこれを決定する原因の知識」を習得し、かかる前提の上でこれを治療する実践的手段を身につけなければならないことになります。しかし弁護士(広く言えば法律家全般)の養成課程において「健康な社会生活に関する知識」が広く理解されているとは到底思えません。「社会の病理現象及びこれを決定する原因の知識」が広く理解されているとも感じられません。これらは当然に共有されているかの如き幻想があり、ただ病理を治療する実践的・技術的手段だけが訓練されているように思われます。しかし、生理学・病理学すら覚束ない者が治療学を実践することが出来るのか?修習生に若干接してきた先輩として最近やや不安を感じることが多い今日この頃なのです。