正義を主張する根拠・一般人の心理
平田オリザ「演技と演出」(講談社現代新書)に次の記述があります。
俳優は台詞を話す根拠を探しています。俳優も最初のうちは怖いもの知らずで、自分の生理感覚のまま、好き勝手に台詞を言って気持ちよくなるのですが、俳優経験を積んでいくと、それだけでは不安になり、どのように発語するのかの根拠を求めるようになります。新劇=近代演劇の発語の最大の根拠は「心理」にあります。戯曲を解釈して何らかの感情を読み取り、その心理状態を再現する形を取って、それを「発語の根拠」とします。演出家の仕事も同様に「戯曲の解釈」ということが最大の関心事になります。
弁護士も最初のうちは怖いもの知らずで、自分の正義感覚のもとに好き勝手に主張を展開して気持ちよくなってしまうものですが、経験を積んでいくと、それだけでは不安になり主張の根拠を求めるようになります。特に社会性の大きい事件の場合には色々な見方が成り立ち得ます。そこで自己の立場を『正義』と位置づける根拠が必要となるのです。難しい事件で正義を主張する根拠は一般人の心理にあります。弁護士は社会的な風向きを意識し、これに細心(最新)の留意を払って酌み取ります。マスコミ報道も解釈根拠の1つとなりますが、マスコミは世論操作に利用されていることが多いので、どちらかというとサイレントマジョリティの声を読み取ることに意識が向けられます。マスコミは動かすべき対象(客体)となります。弁護士は社会的出来事を解釈し、何らかの「集合的感情」を読み取り、その社会心理を再現する形を取って(時に官僚や議員やマスコミも動かして)主張の根拠とします。このプロセスは法律家的素養だけで遂行できるものではなく政治的センスを必要とします。影響力の大きい集団事件を得意とする弁護士は政治的センスを磨いています。それ故この道で成功した弁護士は政治の世界に足を踏み出すことが多いのです。