標準的サービスと特段の事情
斉藤環氏は代替医療についてこう述べています。(毎日新聞「時代の風」)
精神科医としての私は代替医療にかなり寛大な方だろう。同業の神田橋條治氏がいうように治療の中ではプラシーボ(偽薬)効果が最上とする考え方にも親しみを覚える。 代替医療の強みはまず安価であること(例外もあるが)それが有効だった場合に患者の自己コントロール感を高めてくれることだ。しかし、さらに重要なことは人が「治療」に求めるベクトルに少なくとも2種類あるということだ。「みんなと同じように標準的な水準の治療を受けたい」という願望と「私だけに効く特別な治療を受けたい」という願望。前者の願望は標準的な医療が叶えてくれるだろう。しかし後者は難しい。少なくとも医療保険内では実現不可能だろう。
交渉で解決を図ることが最上とする考え方に私は親しみを覚えます。自己解決の努力の強みは(それが有効だった場合は)市民の自己コントロール感を高めてくれることにあります。自力による解決が出来た場合の「自分に対する信頼感」は人生を切り開く大いなる導きになるのです。法的アドバイスで最上なのはプラシーボ効果を与える言葉なのかもしれません。市民が法規範に求める願望にも2種類あります。第1は「標準的な水準の法的サービス」を受けたいという願望です。これは法規範の性質上当然に導かれるものです。自分だけ平等な扱いを受けなかったという思いは甚大な「違法」「不正義」の観念を人に与えるのです。しかし他方で市民は「私だけに効く特別な法的サービス」を受けたいという願望も有しています。その人固有の事実に即した柔軟な(杓子定規ではない)法適用を求める気持ちも少なくないのです。自分だけに適用される「特段の事情」への配慮を求めていると言っても良いでしょう。標準的水準をふまえつつ当該事案固有の事実を意識しておくことが良き法曹であるための不可欠の要素なのではないかと私は感じています。