暫定的思考の意義と問題点
ジェローム・グループマン「医者は現場でどう考えるか」(石風社)はこう述べます。
医師が新しい患者を評価するとき、急いで作業をする必要がある場合、あるいは器具など技術的な選択肢が限られている場合、ヒューリスティックス(発見的問題解決法)を活用する。状況の不確実性および要件に対し医師は近道を取って対応する。思考と行動の組み合わせが必須である臨床医学においては近道は基本的作業ツールだ。それは「迅速かつ省略的」であり、現場の意思決定の核心である。問題は、医学部では近道を教えてくれないことである。事実、近道を取ることは教室における教育実習、あるいは指導医が指導するベッドサイド回診の進め方とは大きく外れる。(略)もちろん医師は生理学・病理学・薬理学を知っていなければならない。しかし同時にヒューリスティックス、つまり近道の威力と必然性、その落とし穴と危険性も教えられるべきだ。
相談者と向き合って事案を検討するとき、理論的体系的見地から判断を下してはいません。相談時間は通常約30分程度です。相談現場で法律文献などを読み込む選択肢はありません。そのため弁護士はヒューリスティックス(発見的問題解決法)を活用します。不確実性をふまえた暫定的対応をします。断定的な言明を避け「当たらずとも遠からず」という思考をするのです。「様子を見ましょう」「直ぐ仮処分を」「調査受任から」「自分で調停をやってみたら」等々。これらは直感に依拠する暫定的対処法です。後に時間をかけて検証し必要があれば速やかに修正を施します。臨床法律実務において近道(発見的問題解決法)は基本作業ツールです。それは迅速かつ省略的であり現場における意思決定の核心です。学校の研究者的思考とは異なります。弁護士は理論を知っていなければなりませんが現場の作業は理論の単純なあてはめで割り切れるほど簡単ではありません。弁護士は暫定的思考の意義(威力)と問題点(危険性)を同時に認識しなければならないのです。