5者のコラム 「5者」Vol.9

時間の経過による解決

私が神谷美恵子先生の名前を知ったのはフーコー「臨床医学の誕生」(みすず書房)の翻訳者としてです。先生は父の勤務地ジュネーブで学び、帰国後は津田塾大学で学ばれます。大学2年生の時にハンセン病の患者に接しショックを受けられました。その後コロンビア大学で医学を志し、帰国後は東京大学で精神医学を修めます。敗戦時は天才的な語学力を駆使し、父の助手としてGHQとの交渉にも当たられました。その後1957年から72年まで長島愛生園の非常勤医師として献身的医療活動を行われます。日本を代表する学者の才能を持ちながら医師として当事者に接し続けられた神谷先生の生き様には頭が下がります。先生は「自分は病人に呼ばれている」というのが口癖でした。
 依頼者の語る言葉に耳を傾け共感的理解をすることに喜びを感じること。これは弁護士にとっても美徳です。ただし、かかる弁護士は(俺が解決してやるという)押しつけがましい・おせっかいな傾向が無いとは言えないような気がします。善意の押し売りは周囲にとって迷惑なこともあるのです。
 神谷先生は「生きがいについて」(みすず書房)でこう述べます。

生きがいを失った人間が死にたいと思うとき一ばん邪魔に感じるのが自己の肉体であった。しかし実際はこの肉体こそ本人の知らぬ間にはたらいて彼を支えてくれるものなのである。さらにいうならば、その生命力の展開を可能ならしめている時間こそ恩人というべきであろう。たえがたい苦しみ・悲しみ・病・老・死をも時間がのりこえやすくしてくれる。
 体の傷は時間の経過だけで自然にはんこん化し組織が再生されていく。これと同じような現象が精神の領域にも行われる。

骨肉の争いを解決しているのは(弁護士の力ではなく)単なる「時間の経過」によることもあります。時の流れは「1人の人間の中身」を変え「人と人の間の関係」も変えるのです。紛争の解決は時間の経過による「人間の生命力(自然治癒力)」がもたらしているのかもしれません。

役者

次の記事

ゴフマン理論と役割演技