5者のコラム 「5者」Vol.70

時間と「生の輝き」

佐野洋子「100万回生きた猫」(講談社)は生命の本質を描いた名作です。

死んでは生き返ってを繰り返し100万回の生を受けた猫がいました。猫にはいつも飼主がいました。その数は100万人。皆、猫が死ぬと嘆き悲しみましたが、猫自身は一度も泣いたことがありませんでした。ところが、この猫に見向きもしないものがいました。それは美しい白い猫でした。猫は腹を立てました。そして毎日毎日、白猫に「俺はすごいんだぜ、なんてったって100万回も生きたんだから」と自慢話をしに行きました。白猫は気のない相づちを打つばかりでした。今日も猫は「俺はすごいんだぜ」と言いかけ途中でやめました。そして「そばにいてもいいかい?」と尋ねました。白猫は「ええ」とだけ言いました。2匹は常に寄り添うようになり、一緒にいることが何より大切に感じるようになりました。それからかわいい子猫がたくさん生まれ猫はもう得意の台詞「俺はすごいんだぜ」を言わなくなりました。いつのまにか自分よりも白猫や子猫たちのことを大切に思うようになっていました。やがて子猫達は巣立って行き、白猫は少しお婆さんになりました。猫は白猫と一緒にいつまでも生きていたいと思いました。ある日、白猫は猫の隣で静かに動かなくなっていました。猫は白猫の亡骸を抱いて、生まれて初めて泣きました。そのあと100万回泣きました。そしてぴたりと泣きやみました。猫は白猫の隣で静かに動かなくなりました。猫はもう決して生き返りませんでした。

私たちは性により「生命の多様性」を得た代わりに「個体の死」を義務づけられました。死は生のかけがえのなさを作り出すために生命が作り出したもの。時間を意識してこそ生は輝きます(@ハイデガー)。佐野さんは生命の本質を「猫」に仮託して表現したのだと私は解釈しています。

易者

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