5者のコラム 「学者」Vol.41

抑止刑論の理論的帰結

私が受験生時代に敬愛した平野龍一博士は「刑法総論Ⅰ」(有斐閣)でこう述べます。

刑罰も幼児時代からの「社会化」の過程で内面化された規範を「再強化」することによって犯罪者の行動を統制しようとするものである。(略)しかし抑止刑論ではそれはあくまで手段であるのに対し応報刑論ではそれが自己目的であるという点に大きなちがいがある。このような応報刑論と抑止刑論との違いは一見わずかのようであるが、実際には大きな違いが生じる。応報刑論は刑罰を加えること自体が良いことであり悪い行為があれば「必ず罰せよ」とする傾きがある。抑止刑論は苦痛を加えることによって犯罪を防止しようとするのはそれ自体としては好ましくないことであり、刑罰はいわば必要悪であるから、もし他の方法によって犯罪の防止が可能であるならば、できるだけ刑罰の使用を制限しようという傾向を持つ。

平野博士は抑止刑論の理論的帰結として以下の3点をあげています。

1 犯罪防止には非難するよりも社会福祉的施策の方が効果が大きいこともある。
2 社会的非難は刑罰という手段によってのみ表現されるものではない。刑法だけが社会統制の手段ではない。近隣の人々の評価・職業的社会における地位と信用の失墜マスコミュニケーションを通じての一般人の反応等多くの社会統制手段がある。
3 刑事司法内部においても刑罰だけが孤立して機能を営むわけではない。逮捕・勾留・公判への出頭強制・裁判の言渡などは、現実にはそれ自体社会からの一時的隔離や社会的非難の表明といった刑罰的機能をいとなんでいる。(24頁)

日本の戦後刑事法学をリードした平野博士が亡くなり相当の時間が流れました。私は、平野博士が提唱した刑事司法の総体的(相対的)把握が今後ますます重要になってくると考えています。

易者

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