憲法と政治の関係
映画「リンカーン」を拝見。岩波文庫「リンカーン演説集」以外の予備知識を入れずに見たので予測と随分違っていた。凡庸な監督なら絵になる戦闘や演説や暗殺のシーンを派手に入れるだろう。が、スピルバーグは格が違う。主題となっていたのは憲法修正を巡る議会攻防(議決要件を獲得するための活動)・軍事指揮官としての葛藤(和平工作との絡み)父親としての悩み(妻子の関係)など地味なものだった。南北戦争では62万人もの戦死者が出た。この犠牲者と引き替えに提案された人類史的意義のある憲法条項なのだ。リンカーンは戦争中に奴隷解放を宣言し、1865年、修正13条(奴隷制度を禁止)を加えることに成功した(直後に暗殺される)が、その後も差別的制度は存続した。反抗的黒人を犯罪者に仕立て上げ長期刑に科することは容易だった(司法は白人が支配)。彼らは囚人として企業に貸し出され、政府は収入を得て企業は囚人労働により多大なる収益を上げた。1875年公民権法は公の場での人種隔離を禁止したが私人間行為には及ばないと解釈された。1896年、連邦最高裁も州政府による人種隔離政策を是認した(列車車両を人種で分離したルイジアナ州法を合憲と判断)。この判決を契機にあらゆる場面で人種隔離政策が進行した。黒人の参政権を事実上剥奪する意図で読み書きテスト・投票税などが制度化。白人は罰せられる心配をせずに反抗的黒人にリンチをふるうことが可能だった。リンチの圧倒的多数の被害者は黒人で処刑儀式には白人の指導的人物すら加わった。これを是正するためキング牧師やマルコムXらによる長い長い闘いが必要だった。修正第14条第1節、第15条、第24条の実質化が図られてきた。
規範と現実には乖離が生じます。憲法は政治を縛る法だから尚更です。規範を現実に合わせて低めるのは易しいことです。法の存在意義は「理想に向かって現実を高めてゆくプロセス」にあります。憲法改正論議を行う場合、このことは絶対に忘れられてはなりません。