忘却の力(上書き保存の意義)
東山広久「プロカウンセラーの聞く技術」(創元社)に以下の記述。
「カウンセラーは人から秘密の話ばかり聞かされていて変になりませんか」とか「カウンセラーは自分たちの精神衛生をどのようにされているのですか」と良く聞かれます。(略)ではどうすれば良いかといいますと聞いた話を忘れることなのです。悩みを打ち明けた人はたまらないじゃないかと思われるかもしれません。でも考えてみて下さい。カウンセラーがいつまでも聞いたことを忘れず、話した当人が解決して忘れてしまっていることを他人に覚えられている方が気持ち悪いと思いませんか?
弁護士も他人の秘密に触れることが多い職業です。毎日のように他人の秘密に触れているとも言えます。こういう行為を職業としていない方からみれば「刺激的な」毎日かもしれません。私も修習生の頃は見聞した話を詳しく記憶していました。しかしこれを職業として繰り返していくと、自分の中に変化が生じます。秘密の話を毎日聞かされていても刺激的に感じない(自分の精神衛生を保つための)魔法の力が生じてくるのです。それは忘却力。普通の人が他人の秘密を強く記憶するのは、それが非日常的事象だからです。話はその都度「新規保存」されます。が、弁護士はそれが日常なので新しい話は「上書き保存」されます。新しい話を仕入れる度に古い話を忘れていくのです。人間の脳には容量があって、それを超えて他人の話を蓄えることなど出来ません。それゆえ新しい話の数だけ古い話を忘れるのです。依頼者の話を詳細にメモを取ることは必須で、メモの取り方如何で弁護士の作業効率は格段に変わります。こんなこと書くと「悩みを打ち明けた依頼者はたまらないじゃないか」と思われる方がいるかもしれません。しかし弁護士が依頼者から聞いたことを忘れず、いつまでも長期間覚えられているほうが「気持ち悪い」と思いませんか?