引用することに素直でなければならない
斉藤美奈子「冠婚葬祭のひみつ」(岩波新書)の記述。
以前から結婚式に出るたびに私が不思議に思っていたのは主賓のスピーチにしばしば引用が混じることだった。「結婚前は目をしっかり開けておけ、結婚後は半目を閉じておけと申しますが」(ちなみにこれはフランクリンの言葉らしい)とか。このたび資料を集めている過程ではじめて知った。あれらの「金言・名言・格言」はスピーチのマニュアル本に載っている言葉だったのだ。主賓クラスはみな虎の巻で予習していたのかと感心し(勉強熱心!)しかも指示を忠実に守っていることに感動する(素直!)。スピーチに混じる金言とは新郎新婦をよく知らない偉いさんが主賓に招かれたときの実は窮余の策なのだ。
責任感の伴う場面において重要な言葉を発することを強いられた人が責任を果たすために他人の言葉を引用することは古来から行われています。恥ずかしいことではありません。「一般的に妥当する立派な言葉である」との社会的評価が確立している有名な言葉を引用することで発言者は自分の個人的責任を免れることが出来るのです。これは窮余の策(姑息な手段)でも何でもなく古来から行われている立派な方法です。最も美しい知的活動とは「私の師匠はいかに素晴らしい人であるか」を他人に訴える言説です。聖書も・仏典も・論語も・プラトンも全てそうです。これらが人類の知的遺産であるからこそ<金言の引用>は何千年にもわたって人間社会を導いてきたのです。法曹実務家は引用の達人。実務家は自分の見解を基礎づける条文・判例・学説がないと不安になります。それゆえ法曹実務家は法的規範を良く学習し引用して権威ある人であるようにふるまいつつ儀式主導者の役割を果たします。法曹実務家は勉強熱心です。教え込まれた指示を正確に忠実に守っています。「引用することに素直」でなければシビアな法曹実務家としての責任を果たすことは出来ないのです。