弁護士が語る定型文句
相談者に語る定型文句に「あなたが思うほどは*ではない」というものがあります。楽観的過ぎる人に対しては「あなたが思うほどは良くない」と言いますし、悲観的過ぎる人に対しては「あなたが思うほどは悪くない」と言います。相談者が「今・ここ」で瞬間的に意識している感情に冷や水を浴びせかけるような作業です。哲学の言葉を使うならば「実存に構造を対置する」作業と言うことができるでしょう。三田誠広「実存と構造」(集英社新書)の記述。
実存という概念は人間を袋小路に追い込むことになる。その袋小路から人はいかにして脱出し前向きに生きることが出来るのか。1つの答えが構造化である。自分が抱えている問題を神話的な繰り返しの構造の中に埋め込んでしまえば悩んでいるのは自分だけではないということが自覚される。神々の時代から繰り返し人間は同じことを重ねてきたのだ。自分は英雄でもなければ特別に悲惨な人間でもない。語り継がれてきた物語や歌は同じことを語ってきた。いま自分が抱えている問題は、そうした繰り返し構造のうちの1つのバージョンに過ぎない。ワンオブゼムに過ぎない。そう考えれば、悩んでいる全ての人が自分の仲間になり、もはや実存は孤独という地獄から救済される。
人間は「世界とはどういうものか?自分は何者なのか?何故自分はこういう不幸にあうのか?」といった孤独な疑問から決して逃れられません。かような実存的危機に際した者がすがるものとして占いはあります。相談者の危機に対する弁護士の言明には占いと同じ特徴があります。貴方が抱えている問題は繰り返されてきた構造の1つに過ぎない、ワンオブゼムに過ぎない、と表明します。実存に直面する「小さな相談者」は構造という「大きな物語」によって救われるのです。