好きであることと食っていけること
好きなことを仕事にしたいと夢見る若者は多い。が趣味として好きであることと職業として食っていけることは全く違うものだ。プロになれるか自体に厳しい競争が立ちはだかっているし、仮にプロになれても食っていける域まで行き着けるかには無限の距離がある。
米屋尚子「演劇は仕事になるのか」(彩流社)によれば日本俳優連合等の会員となっている俳優を対象とした調査で50%近くの会員が演劇以外の仕事もしている。演劇だけでは食っていけないのである。裏を返せば演劇だけで食っていけるのは限られた「スター」だけなのだ。
多くの劇団は団員チケットノルマ等の自己犠牲で成り立っている。が法的に言えば団員にも参加脱退の自由がある。違約金やチケットノルマを規約で定めたとしても劇団が脱退者に対して訴訟提起し損害賠償を求めるなど非常識と言うべきだろう。その非常識が裁判所から咎められたのが東京地裁平成26年4月14日判決(判例時報2237号65頁)。劇団主宰者が退団者に対しチケットノルマを課した規約を根拠に違約金や損害賠償を求めた。裁判所は「規約は退団の自由の不当な制約であるから民法90条に違反して無効」と判断して原告の請求を棄却した。この判断は正しいと思う。だが弱小劇団の現実も悲しい限りだ。演劇は出演者とスタッフが長い時間を費やし製作する時間の缶詰。舞台上の一瞬のため全てのエネルギーを注ぎ込む贅沢な芸術である(@斎藤孝)。演劇は役者の生の声を観客に届かせるため劇場も回数も制約される。チケットが売れなければ大赤字だ。もう少しマイナー文化に市民が関心を持って欲しい。特定事務所や巨大資本が支配する日本の芸能界をよそ目に、地道にやっている文化実践者たちの経済環境は苦しくなるばかりである。