5者のコラム 「芸者」Vol.152

初対面の相手との会話

石原荘一郎「大人養成講座」(扶桑社)に次の記述があります。

名刺から話題を拾って初対面の相手と会話を盛り上げるというのは大人のビジネスの基本中の基本です。聞かれる方は毎回のことでうんざりしますが、それを顔に出してはいけません。相手は話しが繋ぎやすい名字に出逢った幸運をかみしめているはずです。たいしたエピソードが無ければ適当にでっち上げるくらいの誠意を持って「よくぞ聞いてくれた」という嬉々とした表情を浮かべながら答えましょう。相手は聞きたくて聞いているわけではありませんから由来や由緒について「今ちょっと正確に答えられないので今度までに調べておきます」と答えるのは誠実さのはき違えです。かといって「知りません」もあんまり。(略)名前に関しても基本的な考え方は同じ。あなたの名前が少しでも珍しかったり仰々しかったら相手は必ず「いいお名前ですね」と根拠の無いお世辞を浴びせ、芸能人と同じなら「○さんと同じですね」とどうでも良い突っ込みを入れてくるでしょう。この場合も、言ってもらって嬉しいという表情で「いやあ、名前負けですよ」など人畜無害な答えを返すのが大人として正しい態度。

青年時代はこういうネタに反吐が出る気分を私は有していましたが、初対面の人と話しを繋がなければならない昨今、石原さんの言葉は(笑いだけではなく)多少の実感を伴って感じられます。聞かれる方は毎回のことでうんざりかもしれませんが相手だって聞きたくて聞いているわけではないのですね。名前に限らず「誰も傷つけない無難な話題」で最初の数分間を乗り切ることは対人専門職に不可欠の技術です。こういう技術こそは「大人養成講座」の中心テーマ。そんな「大人の機微」を身に付けるのは(青年時の感覚では「堕落」ですが)ある程度の年齢になると「成長」の証として感じられます。弁護士は根が真面目な人が多いので「今ちょっと正確に答えられないので次回までに調べておきます」なんて言わないようにね。相手も困りますから(笑)。