会話と対話の違い
平田オリザ「演劇とは何か」(講談社現代新書)の記述。
注意しなければならないのは「対話」と「会話」の違いである。あらかじめ簡単に定義づけておくと「対話」(dialogue)とは他人と交わす新たな情報交換や交流のことである。他人といっても必ずしも初対面である必要はない。お互いに相手のことを良く知らない未知の人物という程度の意味である。一方「会話」(conversation)とは既に知り合っている者同士の楽しいおしゃべりのことである。家族・職場・学校でのいわゆる「日常会話」がこれにあたる。英語では厳然と区別される2つの単語が日本語では非常に曖昧な扱い方をされる。ここに戯曲を書く上での1つの落とし穴がある。講座に集う多くの生徒は「対話」ではなく「会話」を書いてしまうのだ。だが「会話」だけでは戯曲は成立しないのである。(中略)演劇においては他者=観客に物語の進行をスムーズに伝えるために絶対的他者である観客に近い存在、すなわち外部の人間を登場させ、そこに「対話」を出現させなくてはならないのだ。
法律実務で重視されるべきものは基本的に「対話」(dialogue)です。良く知らない人と交わす情報の交換です。物語の進行をスムーズに伝えるために絶対的他者である観客に近い存在(裁判官)を依頼者に意識させ、これを媒介にして要件事実を探る「対話」を出現させなくてはならないのです。これが出来ない者は実務法曹になる資格がありません。ただし、国家機関である検察官・裁判官と異なり、弁護士は身近な他者との「会話」(conversation)にも気を遣わなければなりません。親しい者としての<おしゃべり>が出来ないと弁護士は信頼を得ることが出来ません。依頼者が弁護士を訪れるのはシビアな状況においてです。依頼者との会話は緊張した場面で行われます。シビアな状況で上手な<おしゃべり>が出来るためには多少の技術と経験を必要とします。