5者のコラム 「役者」Vol.144

他人の台詞にも気を配る

 田中麗奈さんは樹木希林さんから次の注意を受けたことがあるそうです。

映画で御一緒したときに希林さんに「台本を貸して」と言われて渡すと「だから、自分のところに印しちゃいけないって」と言われたことがありました。(略)私は台本の自分のセリフの処に線を引く、もしくは名前のところに丸を付けるという癖があります。おそらくほとんどの役者の方はそうではないかと思います。(略)しかし希林さんは私に怒られた。これはなんだろうな、と考えると、きっと自分のところだけ印を付けることによって、そこだけ特別に記憶したり、また自分のセリフだけを覚えれば成立してしまう、ということが発生するからではないかと思います(「いつも心に樹木希林」キネマ旬報ムック129頁)。

想像なのですが、役者さん方は「自分のセリフを覚えること」に膨大なエネルギーを費やしておられるんでしょう。プロの役者さんでもそうなんですね。そんな新人に対し「自分のところに印しちゃいけないって」と叱る樹木さんは偉いなあと思います。おそらく脚本家が創造したセリフはそれ単独で成立しているのではなく他の多くの役のセリフとの総合によって意味を与えられている。だから「自分のセリフだけを覚えて『それで良し』とする姿勢であってはダメなんだ」というのが樹木さんの言いたかったことなのでしょう。
 弁護士の訴訟行為もそうなんでしょうね。最初の頃は自分の為すべきことをこなすことに必死で周りを見る余裕はありません。ある意味当然のことです。しかしながら5年10年とこの仕事を継続して場に慣れてくると他の方々が果たしている役回りが見えてきます。訴訟代理人は自分のセリフだけ意識していれば良いのではなく、相手方代理人が為すことや裁判所が発するセリフを意識すべきことも多少判ってきます。そのように幅の広い見地から舞台を見渡してみて初めて1人前の弁護士として「質の高い訴訟行為」が行われることになるのでしょうね。

易者

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