5者のコラム 「芸者」Vol.27

人間の不合理な要素と愚行

坂崎重盛「秘めごと礼賛」(文春新書)の記述。

人は愚行を演じながら生きる。自分は愚行を犯さないという人がいるとしたら、その人は愚行を演じるほどのエネルギーもないか、かなり無自覚な人といってしまっていいだろう。

かような枕をおいて坂崎氏は大作家の「秘めごと」を論じていきます。
1 女装趣味のあった谷崎潤一郎。あの古着屋の店のだらりと生々しく下っている小紋縮緬の袷-あのしっとりした重い冷たい布が粘つくように肉体を包む時の心好さを思うと、私は思わず戦慄した。あの着物を着て女の姿で往来を歩いてみたい。こう思って私は一も二もなく其れを買う気になり、ついでに友禅の長襦袢や黒縮緬の羽織までも取りそろえた。
2 変装して浅草界隈に出没した永井荷風。書斎にいる時また来客を迎える時の衣服を脱いで庭掃除やすす払いの時のものに着替え、下女の古下駄をもらってはけば良いのだ。古ズボンに古下駄を履き、それに古手ぬぐいをさがし出して鉢巻きの巻き方もしごく不意気にすれば南は砂町、北は千住から葛西金町辺まで行こうとも道行く人から振り返って顔を見られる気づかいはない。
3 弟子と愛欲の限りを尽くした斎藤茂吉。ふさ子さんはなぜこんなにいい女体なのですか。何ともいえない、いい女体なのですか。どうか、大切にして、無理してはいけないと思います。玉を大切にするようにしたいのです。ふさ子さん。なぜそんなに良いのですか。
 人間の不合理な要素が、行く先を無くしたまま対外的違法行動として発現する場合の問題性に比べれば、このような「秘めごと」など可愛いものでしょう。