不在の他者を想定しつつ最後に消す
熊倉伸宏「面接法」(新興医学出版社)の記述。
面接者と来談者という対等な二者関係にそこにはいない他者が常に登場してくる。「不在の他者」という第三者性が加わる。(略)来談者は面接の場で職場の上司や学校の先生や家族を思い浮かべながら心の中で彼らと対話する。その場にいない者が面接の鍵を握っている。面接とは面接者と来談者との二者関係に「不在の他者」が加わった三者関係である。
弁護士は依頼者の声を聞きながら「不在の他者」の声も聞いています。「著名な他者」ではなく「身近な他者」(①相談者の周辺にいる他者や②自分が接するであろう他者)です。①として最も重要なのは相手方。弁護士は相手方の視点に立っても事案を見ます。相手方に成立し得る主張や持っている証拠の中身を想定します。かかる相対的視点は弁護士が事案をクールに見つめるために必須です(行き過ぎると依頼者から不信を買いますから注意が必要です)。紛争解決にあたり依頼者の家族や職場の意向が重要な要素になるときもあります(行き過ぎると世間的解決に流れる危険性がありますから注意が必要です)。②として重要なのは裁判官。裁判官はどう見るかという仮定を入れて考えをまとめ依頼者の説得に活用します。例えば請求意思が強い依頼者に「裁判官はそのような主張は認めません」という第三者の声として響かせると説得的になります。貴方の意見を否定しているのは裁判官だという形を取ることで説得がうまくいくことが多いのです。が「不在の他者」は最後に消さなければなりません。弁護士と依頼者との関係は究極的には二者関係だからです。判断基準は常に依頼者の利益です。周囲の意向や裁判官の判断を想定しても言明はあくまで当該弁護士が依頼者に対し自己の責任の下に行います。かような思考方法が弁証法(dialectic)です。