トラブルから抜け出す一手
羽生善治九段は「上達するヒント」(浅川書房)でこう述べています。
これまでにたくさんの数の将棋の本が出版されてきましたが、それが実際の実戦でどれくらい役に立っているのかと思っていました。本に書かれているのは美しく技が決まる場面ばかりで、それ以外の場面についてはあまり書かれていないのです。ゴルフに喩えると、ドライバーショットについては書かれているが、バンカーショットは無視されている感じです。将棋はゴルフ以上にバンカーの多いゲームです。そこからどのように抜け出すかがとても重要で、棋力の多くの部分をこれが占めている気がしています。本書では初心者の方から有段者の方の棋譜を解説しました。それぞれの局面はバンカーに入ってしまった1手、そこから抜け出す1手ということになります。実戦で同じ局面になることはまず無いと思います。(まえがき)
若手弁護士のためにたくさんの本が出版されましたが、実際の場面でどれくらい役に立っているかというと、必ずしも大きくはないように思います。書かれているのは要件事実に沿って技が決まる場面ばかりです。ゴルフに準えると訴状(ドライバーショット)については書かれているが苦情への対処(リカバリーショット)相手方との距離感の取り方(アプローチ)メンタル不調への対処(バンカーショット)報酬の頂き方(グリーン周り)は無視されている感じです。弁護士業は将棋やゴルフ以上にトラブルの多い仕事と言えます。そこからどのように抜け出すかが重要で弁護士業務の多くをこれが占めているとすら言えます。近時は「弁護士の失敗学」など似た問題意識による書籍も発刊されていますが、設定が具体的すぎて理論的な裏付けのある道案内が足りていないと感じていました。本コラムは以上のような問題状況をふまえて書いているつもりです。