5者のコラム 「役者」Vol.9

ゴフマン理論と役割演技

アーヴィン・ゴフマンは(アメリカ社会学会会長まで努めた)シカゴ学派の大物学者と評されています。ゴフマンの理論は「演劇論的アプローチ」と言われています。役割距離(規範的な役割と実際の遂行行為とのギャップ)や印象操作(相手方の期待に合わせて演技し自己の印象を保持する行動)などの概念を駆使して普通の人の日常生活を分析するものです。
 古東哲明氏は「ハイデガー・存在神秘の哲学」(講談社現代新書)でこう述べています。

「世界は劇場。人生は演劇。人間は役者。」(シェイクスピア)。そう思い切り、この世この生を一幕の舞台劇と見立てる世界観。世界と生のリアリテイを透視する西洋古来の解釈装置。プラトンの昔から、エラスムスやシェイクスピアをへて、現代社会学(ゴフマンなど)まで脈々と続くものの見方考え方である。それは、それまで夢中で熱演し没頭していた現世の悲喜劇を、観客席のような場外に立って突き放して見る工夫。つまり「深い眠り」から覚め・自分自身を取り戻し・存在の真実に打たれることで全て吹っ切れ、再び人生劇に復帰し、今度はしっかりと目覚めながら行き直す道である。(93頁)

弁護士は自らが役者であるとともに相談者の演じる役者性を眺める観客でもあります。相談者は自己が属していた舞台における役割演技を語ります。それまで熱演し没頭していた現世の悲喜劇を夢中になって語るのです。弁護士は観客席のような場外に立って、これをある程度は突き放して見る工夫が必要です。相談者の中には、自己の役割に忠実すぎるあまり、疲れ果てている方が多く存在します。弁護士は相談者に対して、少し距離を置いた視点から「外から見える自分」を意識させることが有効な場合があるようです。ゴフマン理論をふまえた法律相談により、相談者が過剰な役割演技の意識を少しだけ相対化し、一息つくことによって「御不満」を解消し再び人生劇場に元気に復帰していただけるならば相談担当した弁護士の存在意義は確かにあったと言うべきなのでしょう。

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