5者のコラム 「医者」Vol.92

ウンコ研究が芸術家の遺産管理に繋がる

人間の腸内細菌は約1000種・100兆個。この腸内細菌を見出したのはレーフェンフック。オランダのアマチュア科学者だ。この人は顕微鏡を使ってモノを観察するのが趣味の公務員だったが、ホカホカのウンコを観察しているときに細菌を発見し驚愕した。これが以後興隆する腸内細菌研究の出発点となる。レーフェンフックは画家フェルメールの遺産管理人を勤めた人だ。美を極めたフェルメールの遺産管理人がウンコ研究者という結びつきが面白い(上野川修一「からだの中の外界・腸の不思議」講談社ブルーバックス149頁)。

生物は一般に自己増殖や代謝・恒常性維持のために自らを外界から隔離する”防御壁”を持っている。マクロで見れば体表面の皮膚であり、ミクロでは細胞膜がこれにあたる。しかし完全に外部と遮断して外界と隔絶してしまったのでは生物は生きてゆけない。体をつくる素材を得るため、そして不要なものを排出するための「入口」と「出口」が必要不可欠だ。穴熊式に完全に閉じこもって自己のみの世界に留まることは決して許されないのである。

若い頃は自分の中に「消化管」が通っていることを自覚できません。からだの内にあるのに外部である不思議な世界。無菌状態であるはずの生体内にある細菌異常繁殖世界。この不思議な「消化管」があるからこそ私たちは生きてゆけるのです。歳を重ねると自分の精神世界にも「消化管」があることを自覚します。入口から入ってきた情報は住み着いている100兆個もの脳内細菌で消化され自分にとって有益なものだけが取り込まれます。不要物は出口から出て行きます。それが他の生物の肥やしとなります。自分が排出したウンコが他の人の心の栄養になっていたりするのが精神世界の面白いところ。ウンコの研究こそ芸術家の遺産管理に繋がるのです。

5者

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