5者のコラム 「5者」Vol.104

高みを維持するための裾野

 内田樹ブログの記述。

経験的に言って1人の「まっとうな学者」を育てるためには50人の「できれば学者になりたかった中途半端な知識人」が必要である。非人情な言い方に聞こえるだろうが本当だから仕方がない。1人の「まともな玄人」を育てるためには、その数十倍の「半玄人」が必要である。(略)「自分はついにその専門家になることはできなかったが、その知識や技芸がどれほど習得に困難なものであり、どれほどの価値があるものかを身を以て知っている人々」が集団的に存在していることが、1人の専門家を生かし、・専門知を深め広め次世代に繋げるためにどうしても不可欠なのだということを申し上げているのである。(略)1人の玄人を育てるためにはその数十倍数百倍の「半玄人」が要る。それが絶えたときに伝統も絶える。私が「旦那」と呼ぶのは「裾野」として芸能に関与する人のことである。余暇があれば能楽堂に足を運び・微醺を帯びれば低い声で謡い・折々着物を仕立て機会があるごとに知り合いにチケットを配り「能もなかなか良いものでしょう。どうです?謡と仕舞を習ってみちゃあ」と誘いをかけ自分の素人会の舞台が近づくと「『お幕』と言った瞬間に最初の詞章を忘れた夢」を見ては冷や汗をかくような人間のことである。

 まっとうな1人の弁護士を育てていくためには「その弁護士に対し温かい目を向けてくれる善意の市民」が少なくとも100人以上、出来れば300人以上は必要です。学者ではないので学問的果実に関心を持ってくれる半玄人のような市民は必要ではありません。何かあったときに、その弁護士に好意をもって自ら相談し・または人に紹介してくれる「旦那」(その弁護士の知識技術の価値を判っている人々)が必要です。「旦那」が絶えたときに、その弁護士の仕事も絶えてしまいます。