5者のコラム 「5者」Vol.2

論理が支配する社会・呪術が支配する世間

 「医者・学者」と「役者・易者・芸者」には著しい差異があると感じられるでしょう。前者には光の仕事、後者には闇の仕事という側面があります。「中心と周縁」という述語(@山口昌男)をあてても良いでしょうし、後者には「悪所」という場所的徴表(@沖浦和光)を与えて良いかもしれません。国家機関である裁判官・検察官と民間である弁護士は異なります。裁判官・検察官は論理が支配する社会で働いていますが、弁護士は呪術的観点で捉えるべき世間で働いているのです。
 歴史家の阿部謹也氏(一橋大学名誉教授元学長)は世間と真面目に向き合わない学問に意義があるかと問うています(「世間とは何か」講談社現代新書)。佐藤直樹教授は「世間の現象学」(青弓社)という好著を書いています。同書によれば世間の構成要素は以下のようなものです。
    ① 贈与互酬関係の存在(贈り物と返礼が強制されること)
    ② 身分の重要性(尊敬語・謙譲語・丁寧語などの細かい区別)
    ③ 個人の不存在(共通の時間意識・相互扶助的共生感情)
    ④ 自己決定の不在(隣を見てから自己がどうするかを決める)
    ⑤ 呪術性(世間から排除されることへの強い恐怖感)
    ⑥ 儀式の空虚さ(内容よりも形式が大事)
    ⑦ 排他性と差別(ウチに対する暖かさとソトに対する冷たさ)
    ⑧ 網の目としての権力(理念を語ることを冷笑する空気)
 法律論を形式的に適用するだけの弁護士の存在意義は(全く無いとまでは言いませんが)極めて小さいものだと私は感じています。「世間に生きる庶民から見て弁護士がどのように見えているのか」を自覚する契機として「役者・易者・芸者」の隠喩はあるのだと私は考えております。

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