5者のコラム 「医者」Vol.148

ネガティブ・ケイパビリティ

帚木蓬生医師は「ネガティブ・ケイパビリティ」(朝日新聞出版)で述べます。

こうしてみると身の上相談には解決法を見つけようにも見つからない、手のつけどころの無い悩みが多く含まれています。主治医の私としてはこの宙ぶらりんの状態をそのまま保持し、間に合わせの解決で帳尻を合わせず、じっと耐え続けていくしかありません。耐えるとき、これこそがネガティブ・ケイパビリティだと自分に言い聞かせます。すると耐える力が増すのです。(略)こんなことで治療になるのかと叱る向きがあるかも知れません。しかし、人は前に述べたように誰も見ていないところで苦労するのは辛いものです。誰か自分の苦労を知って見ている所なら案外苦労に耐えられます。患者さんも同じで、あなたの苦労はこの私がちゃんと知っていますという主治医がいると、耐え続けられます。

弁護士業務においても解決法が直ぐに見つからない局面が数多く存在します。この宙ぶらりんの状態を拒絶し帳尻を合わせる方も多数います。が、その依頼者に「真に正義が実現された」感覚は起こらないでしょうし「自分を判ってもらえた」感覚も生じないでしょう。弁護士がそれを避けようとするならば「宙ぶらりんの状態に耐えていく」しかありません。耐えるとき、これがネガティブ・ケイパビリティなのだと自分に言い聞かせます。そうすると難しい依頼者や難しい事案から逃げ出さずに対面する力が増すような気がします。もちろん「こんなことが弁護士業務に役に立つのか?」と叱る向きがあるのかもしれません。しかし弁護士だって「誰も見ていないところで苦労するのは辛い」です。逆に、誰か自分の苦労を知ってくれている所なら苦労に耐えられます。「あなたの大変な苦労は私がちゃんと知っています」という他者がいると、不思議と耐えることが出来るのですね。