5者のコラム 「医者」Vol.23

自殺対策基本法と精神医療

 朝日新聞「私の視点」で精神科医・鶴田聡氏はこう述べます。

「自殺は予防可能であるということになっている。06年には自殺対策基本法という法律も出来た。政府や医師会は自ら命を絶つ行為の大半がうつ状態から引き起こされるので、そうした前兆に気づいたら精神科医に相談しましょう、というキャンペーンを行っている。確かに精神科医に相談することで救われる人はいる。だが問題はその次だ。はたして精神科医は自殺を的確に予測し阻止できるのだろうか?(中略)法律を作ったからといって科学的に確立した予防の方法が現時点で存在しない以上「できないものはできない」と言ったほうがいいのではないか。社会学者デュルケームは1897年に著した「自殺論」で、予防の医療モデルを不可能とし、社会的共同体で個々人の連帯を高めることが予防の実践だと結論している。その状況は今も変わらない。」

 上記言明は精神科医の素直な気持ちとして十分理解できます。しかし法律論としては自殺の予測が「できない」とは断言できません。医師は現在から予見的に(プロスペクティブに)ものを考えるので予測にシビアになるのは当然ですが、法律家は既に生じた結果から遡及的に(レトロスペクティブに)考えるので前提事実の重大性や自殺との時間的機会的近接性が認められれば因果関係や過失を肯定するのは不思議なことではないのです。「自殺論」はデュルケームが統計学的見地を織り込みながら自殺を社会学的に分析した著作です。彼が指摘するとおり自殺の予防策として有効なのは社会的共同体で個々人の連帯を高めることです。しかし日本は個々人の連帯を切り裂く政策を推進してきました。日本は自殺を招きやすい政策を自ら選択してきたのです。自殺対策基本法が出来たのは個々人の連帯を切り裂く政策を推進するにあたり予測される自殺の増加を(かかる政策に帰責させないように)精神科医に帰責させるためではなかったかと私は勘ぐっています。

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