理想と現実の複眼的思考
学生時代、密かに尊敬していたのが山本満教授。国際政治が専門で「日本の経済外交」なる著作を出版されていました(吉野作造賞受賞)。山本先生は外観もダンディで私は憧れていました。3年生の頃、講義中で言及された東京裁判に興味を持った私は研究室に質問に行き、蔵書の中から大沼保昭「東京裁判から戦後責任の思想へ」(有信堂)をサイン入りで頂きました。本の扉に「貴兄の知的関心の広さに驚きました・返さなくて良い・贈呈します」と自筆で書かれていました。「自分が興味を持ったテーマをしっかり勉強しなさい」という先生からのエールでした。良い思い出。
先生が講義中に勧められた書籍で最も印象に残っている本がE.H.カー「危機の20年」(岩波文庫)。本書は1919年(第1次大戦終結)から1939年(第2次大戦勃発)までの国際政治を分析するものです。国際政治学は当時「理想論」(ユートピアニズム)が優勢でした。理想と現実に乖離がある場合「現実が間違っている」という思考に至りがちでした。これに対しカーはリアリズムの重要性を強調し、国際政治の「あるべき(理想)論」が強者(第1次大戦勝利国)の利益を守る偽善だったと指摘しました。他方でカーは「100%リアリズムも100%ユートピアニズムと同様に危険だ」と主張し、政治は「権力と道義が出会う場」だと論じます。この書にて展開された<複眼的な思考>はその後に私が歴史や法律を考えていく上での基盤となりました。山本先生に感謝。
市民間の法律問題においても現実と理想の複眼的思考は不可欠。それゆえ現実主義者には理想的な観点を・理想主義者には現実的な観点を是非とも考えていただきたいです。現代の日本社会はあまりにも「現実無き理想主義者」と「理想無き現実主義者」が多すぎるように私は感じています。