5者のコラム 「芸者」Vol.8

欲望の表明方法と和解リスク

 山崎武也氏は「お金の使い方で判る大人の品格」(知的生き方文庫)でこう述べています。

親しくしている目上の人の尽力によって大きな経済的利益を手に入れた人がいる。どのようにお礼をしたらよいかに迷い、考えあぐねた結果、当の本人に聞いてみることにした。聞かれた人は怒った。「私には礼をしなくて結構ですよ」という返事を期待している気配が感じられた。金を払いたくないという欲が質問の言葉の裏にギラギラとした形で見て取れたので不愉快になったのだ。その人は金がもらいたかったのではない。金に対する欲望をあけすけに示されたことに対して、人間の卑しさを見せられたことに対して、憤慨したのである。人間には誰にも欲がある。金に対する欲はもちろんその最たるものだ。しかし、それをある程度は隠す努力をするのが洗練された人の道である(37頁)。

 欲望をむき出しにするタイプの依頼者が「自分はこれ位欲しい」と強く表明し、客観性合理性を背景にした弁護士が「これ以上は無理でしょう」となだめる図式は判りやすいものです。しかし、依頼者はそういうタイプの方ばかりではありません。自己の欲望を表明すること自体に羞恥心を覚える方や、他人が背中を押してくれるのを待っているタイプの方もいます。相続人の1人が表面的に「いりません」と言っていても内心では自分の相続分を配慮して欲しいと思っていることが見受けられます。裁判所における和解の席上で裁判官から「この案でどうですか」と問われ依頼者が「はい」と言っても内心では嫌がっているというケースもあります。裁判官の前で素人は素直に本音が言えないようなのです。裁判官は迅速に処理が進む和解を勧めることが多いのですが、依頼者の関係で結果に責任を負うのは弁護士であり裁判所ではありません。和解には怖い側面があります。依頼者の不満のリスクを弁護士が負うからです。時間をかけて依頼者の心を聞く必要がありましょう。

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