5者のコラム 「易者」Vol.43

東京裁判と天皇誕生日

 西洋思想はソクラテスとキリストの刑死により形成されました。幕末維新の政治思想は吉田松陰らの刑死により形成されました。世の中の最大の呪いの磁場は裁判なのです。日経BPネット時評コラムは猪瀬直樹「ジミーの誕生日」(文藝春秋)をこう紹介しています。

「結局4月の天皇誕生日はみんなの習慣になっていたから祝日として残された。いまは「昭和の日」になっている。その「昭和の日」は昭和23年にA級戦犯28人が起訴された日である。さらに5月3日の「憲法記念日」は昭和22年に日本国憲法が施行された日であると同時に昭和21年に東京裁判が開廷した日でもある。これは単なる偶然の一致ではない。昭和天皇誕生日にA級戦犯が起訴され日本国憲法施行日に東京裁判が開廷、皇太子明仁の誕生日にA級戦犯が処刑されたという歴史的事実はひとつの暗号とみて戦後史を読み解くべきではないか。(略)背景には東京裁判において昭和天皇を起訴するかどうかという問題があった。戦勝国の世論はヒトラーとヒロヒトの区別がつかない。(略)しかしマッカーサーは昭和天皇を不起訴にした。(略)そのうえでマッカーサーは4月29日にA級戦犯の起訴を決めた。これは占領目的のために昭和天皇を裁くことはしないが戦争責任はありますよという暗号でもあった。さらに、いずれ占領を終えて去っていくマッカーサーは東條らA戦犯7人の処刑をあえて12月23日にすることで将来時限装置が作動するようにセットしておいた。」

猪瀬氏は会話文という形式をとりながらこう記しています。「昭和天皇は日本軍に自分を護ってほしくない。226事件や8月15日未明のクーデター、皇太子拉致事件など幾度も日本軍によって危険にさらされてきた。アメリカ軍に護ってもらうことで万世一系を保持できると期待したのではないか。」猪瀬氏は「天皇も東京裁判の呪いを欲したのではないか?」と考えているようです。

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