5者のコラム 「易者」Vol.85

心の天気図・慈の心悲の心

10年ほど前に五木寛之さんの講演「心の天気図」を聞いた。晴に対する雨の意義を強調されていた。「最近の日本人はドライという乾いた感覚が好きのようだが日本人は心に多くの湿気をもつ民族だ。晴れの日は活動的になれる。雨の日は家の中に閉じこもることが多い。が、雨のおかげで我々は生きていけるのだ。明るいだけでは生きていけない。心の湿度を保つこと。暗い悲しいという雨の感情を人生の大切な要素として受け止めること。雨のときを過ごしてこそ晴れの有り難さも判る。」平成25年9月再び五木さんの講演「慈のこころ悲のこころ」を拝聴。「慈悲という言葉のうち、慈(マイトリー)とは絆を作り上げてゆく感覚だ。傷ついた人に頑張れと励ますイメージと言っても良い。現在に安住することなく上昇を目指す感じだ。これに対し悲(カルマ)とは何も出来ない自分の無力を自覚しつつ黙って傍にいるイメージ。がんばらなくて良い・今のままで良いと肯定する感じ。日本社会は慈を偏重してきたのではないか。悲の気分の時には体の奥からため息をつくことが多い。呼吸の仕方は大事なことだ。息を貯めることに大切な意味がある。体がため息をつくことを欲したのは早くなっていた呼吸を貯めてゆっくり息をすることを体が望んだからだ。」
 法律実務には「乾いた心」の感覚が不可欠ですが依頼者に寄り添う「心の湿度」も必要です。依頼者は「雨」の状態で事務所を訪れているからです。法律実務には「慈」の感覚(頑張れと励ますイメージ)が不可欠です。しかし法律は万能ではありません。出来ることには限界があります。そのために「悲」の感覚(無力を自覚しながら黙って傍に寄り添うイメージ)が必要となるのです。