5者のコラム 「医者」Vol.45

居続けたい場所と刑事政策

 浜井浩一「2円で刑務所・5億で執行猶予」(光文社新書)はこう記しています。刑務所志願の受刑者と話していて感じるのは他に居場所がないということである。(略)多くの刑務所志願の受刑者は塀の外に何の繋がりも持たず孤独に過ごしていた者がほとんどである。塀の外には大勢の人がいるが、だれも元受刑者を顧みたりはしない。周囲から無視される存在である。(中略)刑務所には中規模な施設でも100人以上の経理夫が働いている。彼らは職員の指示を受けながら刑務所内のいろいろな雑用や刑務作業の実施に必要な作業に従事している。ベテランの受刑者になると職員よりも刑務所内での作業の段取りに詳しく、形式的には職員の指示を求めながら新米職員にアドバイスの出来る経理夫もいる。精神科医・中井久夫先生は「最終講義・分裂病私見」(みすず書房)でこう述べます。「病棟の居心地がよいと退院したがらないのではないか」というのは俗説です。そういうことは起こりませんでした。むしろ逆となりました。どんなに開放的にしても病院は病院です。私自身の入院体験からしても、一等室であろうが特等室であろうが、入院を必要としている間は有り難いけれども治ってくると自然に庇護感は色あせて居続けたい場所ではなくなります。むしろこれまでは一大決心をして鉄の扉を潜らされて未知の空間に入院し入院したところが社会との落差が大きすぎるために出にくくなる。出ても外の社会へのなじみがむつかしくなるということがあったのではないでしょうか。お魚でも水族館に長く飼うと鈍い「水族館色」になるということですが、慢性病棟の臭気と暗さと過密とに馴染んでしまうと、ほんとうに皮膚の色までくすんでくるのではないかと思われます。私も何度か「刑務所色」になった被告人の弁護をしました。社会との落差が大きい長期受刑者の存在は好ましいことではありません。しかし彼らには帰るべき「居場所」が無いのです。

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