5者のコラム 「医者」Vol.2

客観証拠に裏付けられた主観的世界構成

 万葉の歌人である山上憶良は74歳で死の床につき「もし聖医神薬に逢ったら体を切り開いて百病を探し、膏肓という奥深いところまで訪ねていって、病気が逃げ隠れしている様子をはっきりさせたい」と述べたと言われています。つまり山上憶良は「病気の原因は体の中にあること」「身体を切り開けば病気は目に見えるものであること」を正確に認識していたのです(舘野之男「画像診断」中公新書4頁)。万葉の時代にかかる認識を有していたことは希有の事態であり、山上憶良が科学的精神においても先進的感覚を有していたことの証左と考えられます。何故ならば、この時代において病気は(霊魂等)身体外に起源を有するもの・目に見えないものと考えることが一般的認識であったからです。現代医療において画像診断は不可欠です。レントゲンによるX線撮影の発見(1895)以後、患者の病症を対象として「目で見ること」は医師による診断の客観性を確保する上で不可欠です。こういった医学的必要性が画像診断技術の加速度的な発展を促しているのです。
 弁護士が要求する客観証拠(登記簿謄本・契約書・戸籍・現場写真字図・公文書等)は医師の診断における「画像」に該当します。弁護士は依頼者の話が客観証拠に合致する時にそれを事実と認識します。これら客観証拠が描き出す「点」と依頼者の語る物語である「線」が不可分に結びつくときに弁護士はこれを事実と認識して自分の法律的行動の基礎に据えていくのです。逆に言うと「画像」に匹敵するような客観証拠が不足しているときに弁護士が依頼者の話だけで動き出すことには大いなるリスクが伴うことになります。生活世界の主観的構成を重視する現象学の立場では依頼者の話に最大の敬意が払われて然るべきですが実務家は「理念」だけでは動きません。医師や弁護士などの実務家が真に求めているのは「客観証拠に裏付けられた主観的世界構成」なのです。