5者のコラム 「学者」Vol.5

大学教授の任務

 我妻栄博士は「近代法における債権の優越的地位」(昭和27年・有斐閣)で以下の趣旨の長い前文を書きました。

大学教授には2つの任務がある。1つは専攻する分野に関して講義案ないし教科書を作ること、2つは興味あるテーマを選んで終生の研究をそこに集中すること。自分は前者につき「民法講義」を書き(岩波書店)後者については「資本主義の発達に伴う私法の変遷」をテーマに据えた。しかし戦争中に極度に疲労した上に戦後は本務以外の仕事が肩の上に積み重ねられたので学問的気力を失うようになった。そこで後者に関する若い頃の未完成の論文を出版して責務の1つを果たし全力を挙げて「民法講義」を執筆して、せめて残りの1つだけでも完遂しようと決心した。未完成の論文を出版しようと決心した当時の気持ちは、いわば若くして死んだ不具の子の葬式を出す親の気持ちであった。

私は学者を目指していたときがあります。能力不足を自覚し早々と断念したのですが、そんな私でも我妻博士の悲しみが伝わってきました。我妻博士の論文は高度なもので「若くして死んだ不具の子」と評すべきものでは全くありませんが我妻博士にとっては遺憾の極みでした。

著者が大学教授の職についた時にはもっと大きな抱負を持っていたはずだ。これらの論文の行間に見える若い日の学問的情熱-それはおそらく読んでは考え、考えては書き苦悩と苦慮を重ねた当時の姿をまざまざと思い浮かべる私だけに見えるものであろうが-その情熱は私に訴えてやまない。私の胸をあやしくもかき乱してやまない。

我妻博士が自分の研究を放棄して完成に情熱を注いだ「民法講義」は今あまり読まれていません。残念です。学問的著作が生命を保ち続けることを願うのは「時代おくれ」でしょうか。

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