5者のコラム 「学者」Vol.75

国民国家と多国籍企業の関係

 内田樹ブログの記述。<国民国家は太古から存在したものではない。1648年のウェストファリア条約で基礎づけられた近代の統治システムである。常備軍と官僚制を備え領域内の人々は「国籍」というものを持ち、その領域に排他的に帰属しているという意識を持つ。(略)賞味期限が切れかけてきたらしく20世紀末になって脱領域国家的なグローバル資本主義が登場してきた。ボーダーレスに人・モノ・資本・情報が激しく行き交うさまを人々は嬉しげに言祝いでいるが、忘れてはならないのは(カール五世の場合がそうだったように)それらの交易で得られた富はもう国民国家の「国富」ではないということである。グローバル企業は単一の国籍を持っていないし経営者や株主たちも特定の国家への帰属意識を持っていない。企業の収益は原理的には「私物」である。グローバル企業は特定の国の国民経済の健全な維持や・領域内での雇用の創出や・国庫への法人税の納税を「自分の義務だ」とは考えない。そんなことに無駄な金を使っていては国際競争に勝ち残ることができないからだ。これから後、政府は人件費を切り下げ・巨額の公共事業を起こしてインフラを整備し・原発を稼働して安価な電力を提供し・法人税率を引き下げ・公害規制を緩和し・障壁を撤廃して市場開放することをグローバル企業から求められることになるだろう。そして私たちの国の政府はその全ての要求を呑むはずである。むろん、そのせいで雇用は失われ・地域経済は崩壊し・歳入は減り・国民国家の解体は加速することになる。対策としては、ベタなやり方だが、愛国主義教育や隣国との軍事的緊張関係を政府が意図的に仕掛けるくらいしか手がない。>多国籍企業と国民国家の間で人の生き様はどう変容するのか?たまにはウチダ先生のような大きな視点から考えてみたいところです。