5者のコラム 「役者」Vol.128

善と悪をより合わせた糸で編んだ網

 小田島雄志氏は「シェイクスピア名言集」でこう述べています。

人間の一生は善と悪をより合わせた糸で編んだ網なのだ(「終わりよければ全てよし」)。
 シェイクスピアはしばしば「市民1」とか「召使い2」とかいった無名の端役に名言を吐かせている。それは主人公たちが愚行に走るとき、コモンセンス(常識・良識)の視点から批判するという形でよく現れる。(略)人間の中に、ということはもちろん自己の中に、絶対的善のみを、あるいは絶対的悪のみを見るのではなく、善悪の共存を相対的に見るのである。その目があれば自信がうぬぼれることもないだろうし謙遜が卑下に堕することもないだろう。そして僕は、うぬぼれと卑下ではなく、自信と謙虚を内に秘めて生きたい。(180頁)

 法律問題も「善と悪をより合わせた糸で編んだ網」だと考えると良いようです。法律問題は各当事者が考えている「善」が相手からみて「悪」と認識されるところから生じることがほとんどです。当事者の中に(ということは自分の依頼者の中に)絶対的善のみを・あるいは絶対的悪のみをみるのではなく<善悪の共存>を相対的に見る視点が必要です(ただし相手方から見える我が方の「悪」を伝える際には細心の注意を払う必要があります)。もちろん、これは弁護士が「紛争の主人公」そのものではなく「無名の端役」だからこそ出来る技です。弁護士は主人公たちが愚行に走るとき、あるいは走り終わったとき、特権的超越的なコモンセンス(常識・良識)の視点から評価(批評)をすることになります(名言は吐けませんけれども)。ただ、弁護士がこういうクールな視点を<日常生活>で振り回すことは時として傲慢な印象を与えやすいものです。それゆえ日常生活においては弁護士も普通の主人公の1人として、善悪を共存させて生きていることを意識すべきでしょうね。

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