5者のコラム 「易者」Vol.1

呪術性という名の不合理性と向き合う

 合理性の観点では説明のつかないものこそ易者の支えです。易者は暗闇の中に潜む呪術性を基礎とします。呪術は説明を嫌います。意味不明な言葉を繰り返すこと、あやしげな雰囲気に誘い込むこと、偶然を必然と思わせること・必然を偶然と思わせること。これらが易者の基盤となるのです。近代的合理性の観点からは呪術性は否定の対象でしかありません。しかし人間という生き物は呪術性から逃れることは出来ないのではないか?むしろ呪術性を上手に飼い慣らすことによって全体としての上品な生き方が出来るのではないか?民俗学や人類学はこういう思考を促します。呪術性をあまりに排斥することは結果として別の呪術に陥っているだけなのかもしれません。
 構造主義のレヴィ=ストロースは実存主義のサルトルを次のように痛烈に批判しました。

世界や人間に対するサルトルのねらいは伝統的に閉鎖的社会の特徴とされてきた狭さを示すのである。サルトルが安易な対比を重ねて未開人と文明人との間の区別を強調するのは彼が自己と他者の間に設置する基本的対立をそのまま反映している。ところがサルトルの著作におけるこの対立の表現法はメラネシアの野蛮人のやり方と大差はなくまた実践的惰性態の分析はアニミズムの言語をそのまま復活させただけのものである。(「野生の思考」みすず書房)

 法律実務における「人間の暗闇」を理解するためには呪術性という名前の不合理性をも知る必要があります。人間はそんなに合理的な生き物ではないからです。ホンモノの「合理性」は人間存在の根底にある不合理性の意義と問題点を正確に見極め、その向こう側に現れるものではないかと私は考えます。学者的傾向の弁護士の皆さん。たまには占いで遊んでみてはいかがですか。

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