5者のコラム 「5者」Vol.30

世襲の意義と問題点

永井明氏は「医者が尊敬されなくなった理由」(集英社文庫)でこう述べます。

親の仕事を間近に見て育てば、良くも悪くも、お医者さんがどんな仕事かということはわかる。もちろん個人差があり、その理解の仕方はいろいろだろう。しかし、少なくとも大雑把な感じ、匂いはつかむことが出来る。これは学問知識のように本を読んで身に付くものではない。お医者さんが実際患者さんにどの程度のことが出来るのか。また、出来ないのか。それらの仕事に対して、どの程度の収入が保証されるのか。どんな生活パターンになるのか。それらを体で覚えるのである。(中略)お医者さんの場合、とくに日常的な医療行為がどんな感じ(センスと言い換えてもいい)かを過不足なくつかむということは、とても大切なのだ。

他方、高橋卓志氏は「寺よ、変われ」(岩波新書)でこう述べます。

そして多くの寺の子たちは「世襲」するために仏教系の大学に進む。宗門立の大学へ進学する場合が多く、そこでは宗旨に基づいた専門教育を受けるのである。しかし彼らに中に、真剣に坊さんになるために仏教を理解しようという意欲を持つ者は少ない。寺を世襲するための条件として大学に在籍するのである。大学の理事らが将来の教団を背負って立つ坊さんの卵たちにいくら「発心をもて」、つまり一念発起して仏教を学べと檄を飛ばしても、現実に「苦」の現場を見たこともなく、信仰の中にいるとはいえず、仏教と社会がどのようなかかわりをもつかも知らない学生たちに、この言葉はなかなか響かない。

弁護士の子供は法律業務に幻想を持っていません。世間に惑わされず人情味のある弁護士になるかもしれません。弁護士2世に対する好感が広がれば弁護士の世襲にプラス価値が見出されるようになるでしょう。他方で弁護士の子供にいくら「発心をもて」「一念発起して法律を学べ」と檄を飛ばしても現実に「苦」の現場を見たこともなく法と社会のかかわりを知らない子供にこの言葉は響かないでしょう。無気力な弁護士2世が増えれば弁護士の世襲に批判が増えることでしょう。