5者のコラム 「役者」Vol.28

ブレヒトの叙事演劇(感情移入を止める)

現代演劇を語るに際しブレヒトは避けて通れない人物です。ブレヒトは1889年アウグスブルグに生まれました。第2次大戦中はナチスの手を逃れて各国で亡命生活を送り、マルクス主義を基礎にした新しい演劇理論によって演劇界に新風を巻き起こしました。ブレヒトの演劇理論で有名なのは「異化効果」です。役への感情移入を主眼とする従来の演劇(スタニスラフスキー)を否定し、舞台上の出来事を客観的に距離を置いて観ることを観客に求めました。ブレヒト作品では俳優が突如演技を止めて観客に語り出したり歌やスライドが随時挿入されたりして観客の感情移入や物語への同化を妨げます。このようにして観客が冷静に物語を観察し社会への批判能力を高めるようにするのがブレヒトの「叙事演劇」です(平田オリザ「演技と演出」講談社現代新書212頁)。
 弁護士は依頼者へ感情移入を行い相手方と真剣勝負すべきです。訴訟は当事者が自分の利益を守るために真剣に争うことを基盤とするものであり、かかる役割への没入こそ依頼者の期待するものだからです。判決に向かう場合にはスタニスラフスキー・システムに立脚する必要性があります。しかしベテラン弁護士は微妙なところで役割への感情移入を否定しているところがあります。闘志満々でいた人が突然「なーんちゃって」と茶化す場面があるのです。かかる緊張と弛緩の絶妙な結合である異化効果が効果的に用いられると裁判官と両代理人との間に心の余裕が生まれ和解が進みやすくなります。和解の場面ではブレヒトの演劇理論に立脚した方が良いようです。ただし、この使い分けは難しく、使い方を間違えると依頼者の誤解を生み、あるいは他の弁護士の信用を失う可能性もあります。新人はスタニスラフスキー・システムに慣れることを心がけるほうが良いようです。

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