5者のコラム 「医者」Vol.50

ダブルバインドの意味

 ダブルバインドの概念を定式化したG・ベイトソンの論文は精神分裂病の原因や治療法の分析・解明に向けられたものです(井上俊他「命題コレクション社会学」筑摩書房59頁)。ダブルバインドを理解するには命題の自己言及の意味を把握する必要があります。たとえば「この文は虚偽である」「私は嘘つきである」という命題が真であれば内容的に虚偽となり、虚偽であれば真となります。この矛盾は(論理学的には)対象言語とメタ言語を区別することで避けられるのですが(日常生活で)かような区別をすることは容易ではありません。架場久和氏はかような状況の困難性を以下のように説明します。逃れようのない権力関係においてパラドキシカルな状況定義が弱者に強制されるとき、ダブルバインドが生じる。もっとも単純な形はパラドキシカルな命令にさらされる場合である。たとえば「あなたはもっと自発的であるべきだ」はパラドキシカルな自己言及を含んでいる。気の弱い夫に妻が命令する時のように、命令者は相手が自己の命令に対して服従的であること自体にいらだっている。それゆえ、この命令は形式的には服従することも、しないことも出来ない命令である。このような状況に的確に対処することが出来るのは、この命令がメタ命令であることを理解し得たときだけである。(同書60頁)。
 私が弁護士を志した動機の1つにはパラドキシカルな状況に対する嫌悪感がありました。自由にして良いと言いつつ、本当に自由にすると非難される。競争を非難しつつ、裏で競争を煽る。世間やマスコミがまき散らすダブルバインドに対して若き日の私は憎しみのような感情を抱いていました。弁護士の世界にはパラドキシカルな状況がほとんど存在しません。実体のない権威が通用しません。白黒がハッキリしています。私が弁護士の世界を愛する理由のひとつはここにあります。

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