ストレスフルな刑事裁判
検察修習の時、法医学教授による死体解剖に立ち会う機会がありました。死後直ぐの死体であればともかく、死後数日経過している腐乱死体だったので難儀でした。死体にはウジがわき、凄まじい悪臭がします。教授はこう言いました。「人間は臭いには慣れる。鼻をつまむな。」確かに少し慣れはしますが、その後の数日間は臭いが気になりましたし、食事の好みにも影響がでました。法律家の「修行」だからこそ耐えることが出来る難儀です。前期修習で一番嫌いだったのは刑事裁判でした。心証をとりにくい事案で有罪か無罪かを決めなければならない作業は頭が割れそうな苦痛でした。前期修習の最後のほうでは刑事裁判科目に関する軽いノイローゼ状態になり、起案の日が近づくたびに憂鬱な気分に苛まれました。実務修習の中で「この職業を自分がやれるか?」と自問したとき、刑事裁判官だけは絶対に出来ないと確信しました。刑事裁判は、生きている人に侵襲を加え・高次の価値を実現しようとする外科医の手術に等しい。かような作業を担えるのは、それを自己の天命たる職業(ベルーフ)として行える人だけだ。当時、私はそう思ったのでした。
私は痛みに弱い人間ですし血を見るのも嫌いです。外科医の手術に匹敵するストレスフルな作業に私は耐えられません。裁判員に関する裁判所の広報を見ていると刑事裁判という恐ろしい行為を軽い気持ちで考えてくださいと言いたげなフレーズで表現しているものがあります。素直な感想を言えば刑事裁判を軽い気持ちで考える人には刑事裁判に参加して欲しくありません。刑事裁判は重く厳粛なものです。そのことを理解しない人に裁かれる被告人は可哀想です。他方刑事裁判を重く受け止める人が難しい事案に直面させられたらノイローゼ状態になる人が出現するような気がします。