弁護士会ADR4
久しぶりに弁護士会の裁判外紛争解決手続(ADR)の仲裁人を担当しました。
本年6月4日、筑後の弁護士会事務局から「新件について仲裁人を引き受けることが可能か」打診があった。弁護士作成の紹介状を読むと事案は夫と不貞行為をした女性(申立人)に対する妻(相手方)の慰謝料請求である。気が重かったが、断る理由も無いので引き受けることにした。申立書では不貞行為の存在を認め相当額の金員を支払う旨明記されていた。相手方には代理人弁護士が就いており、かなりの金額を請求されていた。紹介状では本件事案の法的な論点も整理されておりこの弁護士さんが受任しても良いほどだったが代理人として受任すると結構な費用がかかるので「そんな費用があったら相手方への賠償金支払いに使った方が良い」という親心の如きものが感じられた。
第1回期日は6月24日とした。先だって6月18日に答弁書が送付されてきた。話し合いは難航が予想された。事前準備として行うべき作業は現在の不貞行為慰謝料相場を調べることと裁判所が判決をする際の考慮要素を整理しておくことだ。この分野に関し私は最新資料を有していないので同じビルの後輩弁護士に文献を貸して頂いた。必要箇所をコピーし頭に入れて第1回期日に臨んだ。
6月24日、弁護士会館ADR室で双方の言い分を聞く。申立人は比較的冷静な方であったが、相手方はかなりの心労を抱えておられ、涙を浮かべて訴えをされた。文献により事実確認の聞き取りポイントを抽出していたので双方に対しほぼ同じポイントを質問した。事実関係に大きな主張の隔たりは無かった。事案の性質上、あまり強い説得をするようなことはせず、訴訟になった場合の裁判官の判断傾向を述べるにとどめた。自分が経験した不貞行為事案(原告側も被告側も)の結果もお伝えした。直ぐ和解できる事案ではないので期日続行の可否を聞いたところ両者とも承諾された。
7月8日、第2回期日。申立人の提示額は同じであったが支払いは現金で可能(次回期日に持参可)との意見を伺えた。相手方は当初は減額に関して極めて否定的であった。代理人の先生も就いておられるので私から説得することはせず「和解の見込みなしで不成立」の場合の手順を事務局に確認しようかなと考えていた。代理人から「少し時間を下さい」と言われたので控え室でじっくり話をしてもらった。この間申立人は長時間別の控え室で待っていた。事務局が気を遣い茶を私と当事者双方に出していただいた。若干の時間が経過して相手方本人が代理人と共に入室された。代理人から「和解に応じます」と声に出された。本人に意思確認を求めたところ、涙ながらに和解を了承された。和解金額に応じた成立手数料がかかることをお伝えすると了解された。申立人に対して次回成立の見込みを伝え、次回の期日には現金を持参して欲しいこと及び別途成立手数料がかかることを伝えた。事前に紹介者弁護士から説明を受けていたようであり問題なく了承された。
7月18日、第3回期日。和解書原案を双方に示して署名押印を得る。現金の授受を行い領収証も作成してもらった。この作業は(仲裁人弁護士ではなく)弁護士会職員さんが行うと手続がスムーズというのが私の経験則である。成立手数料も双方から気持ちよくお支払い頂いた。
このようにして私はADRで和解を成立させることが出来た。和解に導けた原因を自分なりに整理すると①紹介状を書いた弁護士の書面が的確なものだったこと②事前準備にあたり協力してもらえる後輩弁護士が存在したこと③相手方に就いた代理人弁護士が寛容であったこと、である。
弁護士会ADRという舞台は何の権力的背景も持っていない。そんな弱い舞台で、利用者にとって満足できる結果を生み出すためには、多くの皆さんの協力を得ることが不可欠である。
御協力を頂いた皆様に深く感謝します。
* この報告は福岡県弁護士会「月報」(2024年11月号)にて紹介されました。
* 議論前提となる法理論の状況についてはvol.132を参照願います。