法律コラム Vol.129

裁判上の離縁事由

養子縁組の当事者は民法814条1項の規定に該当する事由があれば離縁請求が出来ます。その事由がいかなるものかは解釈論上の幅があります。以前、縁組無効確認等請求訴訟の被告側で争った事案があり(地裁は縁組無効としたものの)高裁は縁組を有効とした上で離縁請求を認めました。この高裁判決に関し最高裁への上告受理申立を行ったときの書面です。(大脇弁護士との共同)

第1 民法814条1項の規範内容
 1 旧民法の内容
   旧民法は以下の9個の裁判離縁原因を認めていた。
  ① 他の一方から虐待又は重大な侮辱を受けたとき
  ② 他の一方から悪意を持って遺棄されたとき
  ③ 養親の直系尊属より虐待又は重大な侮辱を受けたとき
  ④ 他の一方が重禁固一年以上の刑に処せられたとき
  ⑤ 養子が家名を潰し又は家産を傾ける重大な過失があったとき
  ⑥ 養子が逃亡して三年以上復帰しないとき
  ⑦ 養子の生死が三年以上分明でないとき
  ⑧ 他の一方が自己の直系尊属に対して虐待をし又は重大な侮辱を加えたとき
  ⑨ 婿養子縁組の場合で離婚したとき又は養子が家女と婚姻した場合において離婚もしくは婚姻の取消があったとき
 2 新民法の内容
 新民法は②と⑦を残し、それ以外を全部削った。代わりに「縁組を継続しがたい重大な事由」なる抽象的離縁原因を追加した。いかなる事実が含まれるかは全て事後の解釈に委ねられた。
 3 解釈指針
イ 子の利益のための養子制度
  旧法から新法への転換の中、養子制度は「家の存続(養親の利益)」ではなく「子の福祉(養子の利益)」を理念として解釈すべきことが確認された。新法が右②と⑦以外は全部削り「家の存続ための養子制度」からの決別を宣言したのはこのためである(我妻栄「親族法」法律学全集254頁以下)。本件では養子の創設ではなく解消が問題となっているが、解消の場面においても「子の福祉のための養子」という観点が貫徹されなければならない。養親側の事情により縁組を進めておいて後になって都合が悪くなったからと(養子の福祉を無視し)離縁を申し出ることは許されない。
ロ 有責当事者からの離縁請求の問題
 「縁組を継続しがたい重大な事由」に有責当事者からの離縁請求が含まれるかという問題は長年論争になってきた。判例タイムズ747号にて横田大阪家裁判事は判例が一貫して消極的破綻主義を採っていることを紹介した上で(最判昭和39年8月4日、最判昭和40年5月21日、最判昭和59年11月22日)「消極的破綻主義が妥当」と結論づけている。ただし、この点に関しては離婚における最大判昭和62年9月2日が参照されなければならない。右判決は(離婚に関して)有責当事者からの離婚請求を(厳格な要件の下で)認めた。その射程範囲が問題となる。
第2 原判決の内容
1 当事者の主張
   相手方(原告・被控訴人)
  要旨「控訴人らの被控訴人との間には、縁組の当初から、親子としての関係はない・特に平成*年ころ以降は親族としての交流も全くなくなり、控訴人ら側が被控訴人ら側に対し複数の訴訟を提起したこと等によって養親子関係は完全に破綻している」と主張した。
   申立人(被告・控訴人)
  要旨「養子縁組の当事者間に縁組を継続しがたい重大な事由はない・親族関係を悪化させた側がその悪化させた状態を自己の有利に援用するのは信義則に反する」と主張した。
2 原審の判断
 「縁組の約*年後の平成*年*月には右目的に沿って*の遺言公正証書も作成され、養親子関係は順調に推移していたが、同年末ころから*と*ら兄弟の対立が生じた」ことを摘示した上で「争訟の実質的な対立当事者は*と*の両名であると考えられるものの、被控訴人と控訴人らも前記のとおり当事者となっており、従前のように被控訴人と控訴人らとが交流することは期待できない状況となっている」と評価し「右に述べた事情に照らすと、控訴人らと被控訴人の養親子関係は破綻し、縁組を継続しがたい重大な事由があるといわざるを得ない」と結論づけた。
第3 法令の解釈に関する重要な事項が含まれること
1 前提
  離縁原因である「縁組を継続しがたい重大な事由」は規範的評価に関する抽象的概念である。主張立証の対象(主要事実)は規範的評価を基礎づける事実(評価根拠事実)並びに評価を阻害する事実(評価障害事実)である(司法研修所「民事訴訟における要件事実」第一巻)。原審の「縁組を継続しがたい重大な事由がある」との判断は「事実の存否」に対する判断ではない。上告審が拘束される事実は右「重大な事由」の存否を基礎づける具体的な事実(評価根拠事実・評価障害事実)のみである。当該評価根拠・障害事実から「重大な事由」の有無を評価するのは「法令の解釈適用」である。したがって控訴審が認定した主要事実を前提にしても縁組を継続しがたい「重大な事由」があるとは言えないという申立人の主張は「重大な事由」の判断基準が明確ではない現状において「法令の解釈適用の統一を目的とする上告制度の趣旨」に鑑み上告受理申立ての理由たりうる。
2 他の親族間の事情
  原審が認定した「重大な事由」の評価根拠事実は(要約すれば)「争訟の実質的な対立当事者は*と*の両名である」が「右対立に伴って申立人と相手方との交流がなくなった」ということである。問題となるのは原審では「重大な事由」の存否の判断に際して縁組当事者間の事情ではなく縁組当事者の一方と「他の親族間の事情」を判断の基礎に採用していることである。
 離縁原因である「重大な事由」の存否を判断するに際して、縁組当事者の一方と他の親族との間に対立が生じ、それに他方の縁組み当事者が巻き込まれた場合に、縁組当事者の一方と他の親族との間に対立関係の事情を勘案しても良いのか。本来「重大な事由」は「縁組当事者間に存在する」事由である。なのに縁組当事者間の「重大な事由」を特に摘示しないで、縁組当事者の一方と「他の親族」との間に対立があることを強調して「重大な事由」として援用することは民法814条の解釈として極めて問題が多い。いかなる場合に「重大な事由」があると評価されることになるのか、その「判断を基礎づける事実の範囲」が法文からは明確ではない以上、その判断基準は法令の解釈に関する重要な事項を含む。したがって縁組当事者間に存する事実以外に「縁組当事者の一方と他の親族との間に対立が生じそれに他方の縁組当事者が巻き込まれた結果養親子関係に対立が存する事実」をも「縁組を継続しがたい重大な事由」を基礎づける事実として考慮することが可能か否かについて判断がなされるべきである。これは極めて重要な法律問題である。
3 破綻主義との関連
  判例は離縁に関して一貫して消極的破綻主義を採ってきた(最判昭和39年8月4日、最判昭和40年5月21日、最判昭和59年11月22日)。これまでの一般的理解では離縁に関して「自分から仲を悪くしておいて、その悪さを自分に有利に援用する」ことは認められていない。当然ながらこの点に関しては離婚における最大判昭和62年9月2日が参照されなければならない。離婚における判例転換が離縁の場合にも妥当するかに関する最高裁判所の判例はまだない。
  縁組当事者の一方の夫婦関係の破綻との関連に関しては次の2つの判例が参考になる。①仙台高判昭和33年10月17日(本件縁組は旧法の婿養子縁組であるところ養子夫婦の離婚が確定したことは破綻の心証を更に強くすると判示した)。②京都地判昭和39年6月26日(妻が夫の連れ子を養子縁組した場合、夫婦の婚姻生活の円満を目的とするものであるから夫婦生活が五号の離婚事由に該当する以上、縁組も本条五号に該当すると判示した)。
  これらの判例は様々な評価が可能と思われる。右形式的観点で述べたとおり、縁組を継続しがたい重大な事由を基礎づける事実として、縁組当事者間に存する事実以外に、縁組当事者の一方と他の親族との間に対立が生じそれに他方の縁組当事者が巻き込まれた結果養親子関係に対立が存する事実をも「縁組を継続しがたい重大な事由」を基礎づける事実として考慮できるか否かは難しい問題を含む。この点に関し「間接的に養親子関係の破綻の動機になることはあっても直接的には養親子関係それ自体の破綻が問題とされなければならない」との横田大阪家裁判事の指摘が注目される(山畠正男「民商法雑誌」52巻4号558頁、國府剛「家族法判例百選」第2版143頁)。
 4 別居との関連
  この点に関しては学説上「同居生活を要素としない」養親子関係においては別居や没交渉は養親子関係の破綻を導かないとされている(國府剛、同志社法学90号64頁)。本件において当事者は現在も同一敷地内に住んでいるのであり「没交渉」といっても被控訴人(原告)側で一方的に交渉を断ち切ったのである(交渉しようとすると相手弁護士名の内容証明が飛んできた)。かような事実を自分に有利に援用できるのか否か。大いに疑問を提起しておきたい。
5 子の利益のための養子制度との関連
  旧法から新法への転換で養子制度が「養親側」の利益によるものではなく「養子側」の利益を中心に解釈されるべきことは既に述べた。本件は養子の創設ではなく解消が問題となっているが解消の場面においても「子の利益のための養子制度」という観点が貫徹されなければならない。本件訴訟は養親から一方的に提起されたものである。裁判所のこれまでの判断は(筋道は異なっても)養親側の請求を認めるものとなっている。これが「何故に養子側の福祉にかなうのか?」の説明は全く存在しない。本件縁組が被控訴人(原告)の強い希望により行われたものであることは原審も認めるところである。その養子縁組を被控訴人(原告)の都合で(養子の意思を無視し)勝手に解消できるものなのか?何故それが「養子側の福祉」に叶うのか?原審は説明していない。
 6 結論
   以上の考察により本件原審判決に「法令(民法814条1項)の解釈に関する重要な事項」(問題点)が含まれていることは明らかである。

* 本件事案は両当事者により不服申し立てが行われ(原告は縁組有効の判断について上告兼上告受理申し立てを行った)最高裁に係属した後、原告(被控訴人・上告人)が死亡したので、最高裁判所より、平成12年7月17日、訴訟終了宣言がなされ幕を閉じました。
* 結果として「縁組は有効」とされた上「離縁請求は認められなかった」のです。相続における「養子(相続人)たる地位」は守られました。当職らの努力が報われたことになります。
* 参考のために最高裁の主文と理由を上げておきます。
主文 本件訴訟は平成*年*月*日上告人が死亡したことにより終了した。:理由 職権をもって調査するに、記録によれば上告人は本件訴訟が当審に係属した後の平成*年*月*に死亡したことが明らかであるところ、養子縁組無効確認請求権及び離縁請求権はいずれも請求権者の一身に属する権利で相続の対象になり得ないものである。請求権者死亡の場合における訴訟承継に関する規定もないから本件訴訟は上告人の死亡により終了したものというべきである。よってこれを明確にするためその旨の宣言をすることとし、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

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