法律コラム Vol.141

過払金の消滅時効と相殺

過払金返還請求事件が華やかな頃、その消滅時効と貸金債権の相殺が問題となった事案(原審柳川支部は相殺を否定)の控訴人主張書面の骨子です。(*柳川の桑原義浩弁護士との共同受任)

1 消滅時効と相殺の関係についての判例
  類似事案に民法508条の適用を認めた判例(平成19年12月21日水戸地裁麻生支部)があることは準備書面1で既に述べた。東京高裁平成19年7月11日判決も「取引の継続性からして取引の継続中はその一部を分断して時効が成立することはないというべきである」と判示している。
2 制度趣旨からの考察
  過払金返還請求権という「債権」が存在する中で貸金返還「債務」を支払い続けた場合、前者が消滅しているのに後者だけ存続するという事態は当事者の合理的意思に反する。民法508条はこの当然の事理を前提に規定されている(我妻民法講義Ⅳ325頁)。「相殺に対する合理的期待」を保護することは最高裁判例の一貫した流れである(最大判昭和45年6月24日ほか)。この理は実定法上も根拠づけることが出来る。交互計算(商法529条以下)において計算期間中に発生した債権債務は独立性と個性を喪失し、総額において一括相殺され決済される。個々の債権を個別に行使することは出来ず、各々の時効や履行遅滞の問題を考えることはない(神崎克郎「商法総則・商行為法通論」196頁)。本件における過払金と貸金債権は交互計算そのものではない。しかし「反復継続する取引関係において両者が対立する債権と債務を持ち合う」関係にある点で共通している。両者を分断し「一方だけ債権を時効消滅させて他方の存続を認める」原判決は実定法の立法趣旨に反する。
3 意思表示の時期との関係
  民法637条所定の期間を経過した損害賠償請求権を自動債権とし、請負報酬請求権を受働債権とする相殺の効力について最高裁は明示的に肯定している(最判昭和51年3月4日)。被控訴人主張ではこの最高裁判例は成り立たないことになる。ゆえに被控訴人主張は間違っている。

* 福岡高裁において「両者の相殺が可能であること」を前提とした和解案を提示していただき、この案に当事者双方が同意したので満足できる和解が出来ました。(平成20年の事案)

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