建築請負金額の変更
建築請負工事において請負契約と施工に変更が生じることは日常茶飯事です。施主と請負業者・設計管理者間に円滑なコミュニケーションが出来ている場合には問題は生じませんがそうでない場合は紛争を生じます。以下は追加変更工事の合意(約1500万円)があったと請負業者が主張し提訴した事件に関し、被告(施主)側代理人として争ったときの準備書面です。(若干補正)
1 総説
最初に単純なことから説明する。工事内容にA(100万円)B(200万円)C(300万円)のランクがあり、請負人・施主間でB工事(200万円)で契約したとする。この場合に請負人が施主の了解無くC工事をしたとしても請負人が300万円の請求権を持つことはない。何故なら(代金額の変更を伴う契約内容の変更合意が無い限り)請求権を基礎づける契約上の根拠がないからである(請負工事に事務管理など成立しない)。逆に請負人が施主の了解を得ずA工事をした場合に請負人は債務不履行・不法行為などの法的義務を負う(支払義務が100万円で済むか否かは事情による)。請負人が契約上定められた義務を尽くしていない以上は当然の帰結である。請負人の義務は契約上定められた工事を忠実に施工することであって、仮にこれを変更する場合は施主の明示の了解を得る必要がある。そのプロセスにおいて設計監理者の明示の許可を得る必要がある。特に請負代金額の変更を伴う施工の変更を行う場合は、事前に必ずその見積をとり、施主との見積合わせを行って当初の契約書所定の金額で収まるか否かをチェックするのが通常である。本件事案の特色は、原告が請負代金額の変更を伴う契約内容の変更を、具体的事実を特定もせずに、あたかもB工事をC工事に変えたような部分だけを取り上げて(B工事をA 工事に変えたような箇所との関連性を無視して)恣意的な請求をしているところにある。以下、具体的に検討する。
2 当初の契約内容について
(1) 契約締結の事実関係
*月*日に被告主催の説明会が開催された。ここで配布されたのが資料・設計図書・仕様書である(乙*)。これが建築業者に対する「申込みの誘因」に当たる。説明会においては質疑応答に応じる旨明示しており、実際に設計者は入札者の質疑にメールで応じている。この設計プランに対し各社が見積を行い入札を行ったのが*月*日である。法的に表現すれば「申込」がなされたわけである。もちろん、これは乙*に対応する形で行われたものであり、各社が設計者が求める規範的水準を満たしていることが大前提である。見積ミスがあっても建築業者の自己責任であり、当然に契約金額の増減を産むわけではない。最も低い金額で入札した原告の「申込」を被告が「承諾」して両者間の意思表示が合致したことにより締結されたのが本件請負契約である(甲*)。積算根拠は乙*にあるが、これは乙*に正確に対応しなければならない(そうでないと入札の意味がない)。
(2) 建築確認との関係
かように契約内容と積算根拠は*月*日時点で確定している。事後の事実は「契約内容の変更に関する要素」に過ぎない。建築確認は建築主事(行政機関)が建築基準法をはじめとする建築基準関係法令に適合しているか否か公権的に判断するものである。建築確認は確認であり許可ではない。大幅な建築内容の変更に関しては改めて確認が必要だが、軽微な変更には再度の確認は必要ではない(規則3条の2第1項)。逆に言うと、使用する備品のグレードを上げるなどの請負代金額の変更を伴うような仕様変更があっても再度の建築確認は必要ない。本申請で建築主事が難しい対応をする場合に備えて事前申請をすることもある。建築主事から変更を求められて申請内容を変更する場合もある。しかし、かかる申請内容の変更が直ちに代金額の変更を伴うわけではない。建築確認は、それ自体によって私法上の権利義務関係を直ちに変更する意義があるわけではない。私法上の権利義務は請負人・施主間で契約内容を変更する旨の申込と承諾があって初めて変更される。これは契約法の当然の帰結である。この変更は建築確認の前後で特段の意味の違いがあるわけではない。建築確認申請の前に請負代金額の変更を伴う契約変更が行われる場合もあるし、申請後に代金額の変更を伴わない全体的修正(プラスとマイナスの帳尻合わせ)をすることも実務上頻繁に行われている。例えば、ある部分で価格上昇が見込まれる場合に別の部分でVE(目的性能や機能を低下させずに別の方法や手段を提案しコストダウンを図る)を行うことは日常的に行われている。 本件に即して言えば、たとえばオゾン脱臭設備を中止して脱臭効果があるエコカラットタイルに変更しているのはVEであるが、これも全体的修正の中で行われている。冒頭の例で言えば、工事内容にA(100万円)やC(300万円)があろうとなかろうと建築主事の関心の対象は現実に施工されるB工事が建築基準法規に適合するか否かに過ぎない(それが200万円であるか否かには関心がない)。そして建築基準法規内の変更である限り、B工事がAやCに変更されるか否かについて建築主事は全く関心がないのである。
もっと言えば、こういうことである。一般に契約時点で確定した工事内容が(建築確認の前後を問わず)契約代金額の変更を伴う形で変容するのは、備品のグレードや利便性・外観など、建築物としての構造計算にかかわらない部分に関してである。かような建築基準法規にかかわらない微細な変更は建築確認に関係がないが、契約代金額には密接に反映する。逆に、グレードや外観・利便性に関係なく建築基準関係法規に抵触するような設計内容であれば、工事は変更を余儀なくされる。しかし、この場合も当然に私法上の報酬請求権の内容が変更されるわけではない。この場合、設計・監理者と請負人から施主に対して工事内容の変更と代金額変更の申込がなされ、施主がこれを承諾し初めて代金額変更を伴うものとして契約が変更されるのである。
3 代金額の変更を伴う契約内容変更合意の有無について
(1) 要件事実と主張立証責任
上述のとおり、代金額の変更を伴う請負契約内容の変更は建築確認申請の前に行われる場合もあるし、申請後に代金額の変更を伴わないような全体的修正が行われることもある。その中で具体的に施主が請負人から請負代金額が上昇することの申込を受け施主が明示的に承諾し、はじめて代金額の増価を伴う契約内容変更があったと言える。その主張立証責任は原告にある。
(2) 本件の事実関係
イ 設計監理者は仕様の変更をする場合に必ず施主・管理者に報告の上で了解を得ることを求めている。その際に現設計仕様・変更趣旨・コスト増減を明示した資料を作成することを求めている(乙*の*)。しかし原告はこの義務を履行していない。
ロ 本件において当初の仕様(乙*の*)と現実の施工状態に変更が生じていることは間違いない。そのため設計監理者は「金額の増減表を作ること」を*月*日原告に対して指示している(乙*の*)。しかし原告はこの指示に従っていない。
ハ 増価部分と減価部分の関係については以下の事実を指摘できる。
① 増価部分
ⅰ原告主張は準備書面1(*円)ⅱ被告認否は準備書面1(*円)
② 減価部分
ⅰ被告主張は準備書面2(*円)ⅱ原告認否は準備書面2(*円)
ニ 以上の総合
これらを請負代金額の変更に直結するためには上記増価部分と減価部分を見積合せした具体的事実(いつ・どこで・誰と・誰が・どのようにして・代金額変更を申込み・これを承諾したか)が明確に主張立証されなければならない。何故なら請負契約において事務管理など成立しないからである。これらが契約代金の変更を伴わない(増価と減価の帳尻合わせ可能範囲内での)事実的変更に留まる場合は原告の請求が認容されることは無い。本件の場合、代金額は減額されると見るのが自然である。
* 裁判所は請負代金額の変更合意を認めませんでした。裁判所から鋼材価額の上昇(原告主張で約1100万円)の約半額である500万円を支払う旨の和解案が提示されたので、これを受諾し、和解が成立しました。
* 司法研修所「民事訴訟における事実認定・契約分野別研究」第2章(建築工事契約)が詳細で参考になります。