法律コラム Vol.100

婚姻無効確認請求訴訟の主張立証責任

婚姻無効確認請求訴訟において「婚姻の成立」は原告・被告どちらに主張立証責任があるのでしょうか?原告が「不成立」を主張立証すべきなのか?被告が「成立」を主張立証しなければならないのか?当職が原告訴訟代理人として出した書面を示します。(北九州の諸隈弁護士との共同)

第1 婚姻無効確認請求訴訟における攻撃防御の構造
 1 要件事実の基本
  一般に訴訟において「消極的事実」の立証は出来ない。これが要件事実論の根底にある。何かがあった事実を主張立証することは出来ても何かがなかった事実を主張立証することは出来ない。所有権に基づく妨害排除請求を例にとると実体法(神様の規範)では①原告所有②被告占有③被告占有権原の不存在が要件であるが、要件事実論(具体的な訴訟関係人のルール)では請求原因を上記①②で足り③は占有権原の「存在」が被告の主張立証すべき抗弁事実となる。①についても原告は被告が権利自白する前所有からの承継事実を言えば足り、被告がこれを認めない場合は所有権喪失の抗弁として構成するのである。
 2 婚姻無効確認請求事件の請求原因と抗弁
  婚姻無効確認請求訴訟の構造も上述の議論と同じである。「消極的事実」の立証など出来るはずがない。婚姻関係が成立していないことの主張立証責任が原告にあるわけではない。婚姻の成立は被告側が抗弁として主張立証すべきである。原告は①戸籍の外観(婚姻という外形)の存在②確認の必要性を基礎づける事実を請求原因として主張立証すれば足りる。これに対して被告に「婚姻が成立していること」の主張立証責任が(抗弁事由として)課される。婚姻行為の真正な成立が立証された場合にはその無効(有効要件の不存在)が再抗弁として議論される。ゆえに、本件婚姻無効確認請求訴訟において原告が婚姻の成立を争っているのは、原告側に主張立証責任がある請求原因としてではなく被告側に主張立証責任が存在する「婚姻の成立」(抗弁事由)の積極否認に過ぎない。真偽不明の場合は主張立証責任を負う被告側が不利益を受けるので本件請求は認容されるべきことになる(伊藤滋夫他編「民事要件事実第2巻総論Ⅱ多様な事件と要件事実」青林書院84頁以下参照)。
第2 本件事案に於ける鑑定書の読み方
 1 分析の基準
  イ 鑑定資料:本件に於ける処分証書は甲*号証であるから、他の書証との重みの違いが認識されなければならない。また、婚姻届が本人の意思により作成されたか否かは「届出人欄」の真正で考えるのが通常であるから、その余の部分との重みの違いが認識されなければならない。
  ロ 対照資料:本人作成に争いがないものであるべき。筆跡は検証を受けることを意識しているかにより違ってくるものであるから認識される必要がある。
  ハ 鑑定の基準:本件鑑定は次の5段階で評価されている。「立証が為された」と評価出来るのは下の①のみ。①同一筆者である。②同一筆者によって記載された可能性が高い。③同一筆者によって記載された可能性がある。④別人の筆跡の可能性が高い。⑤別人の筆跡である。
  ニ 作成者の意識の考慮:通常の真正文書の場合、作成者は無意識に文書を作成している。自分の文書を意識的に「他人のように」書く者は普通いない。他方、偽造文書を作成する者は意識的に「本人のように」書く。上述のズレを明瞭に認識する必要がある。
 2 分析の結果(別紙表を参照)
  「同一筆者である」という鑑定意見は皆無である。これは重要である。被告主張と正反対に本鑑定は「婚姻届が原告の自署によるものである」との命題を認めていないのである。おそらく本件書証の作成者は意識的に「本人のように」書いたのであろうが、鑑定人の目を誤魔化すことは出来なかったのであろう。最も重要な「*」の署名部分に関しては「同一筆者によって記載された可能性が高い」との鑑定意見すら存在しない。署名欄以外の部分(住所表記)に関し「同一筆者によって記載された可能性が高い」との意見が見受けられる。これは被告が鑑定以前から両箇所の執筆者が違うことを認識していたからだと思われる。認識していたからこそ被告は住所欄も鑑定対照に求め、それが文書の真正判断に役立つと主張(鑑定に関する意見書)していたのであろう。結果から見ればまさにそのとおりになっており、このことは「*」の署名部分が本人の自筆によるものではないことを疑わせるに十分な材料となり得るものである。他方、甲*によれば甲*号証の本人署名部分は別人の筆跡であると断定され甲*によれば「別人の筆跡の可能性が高い」とされている。
 3 結論
   被告に主張立証責任が存在する抗弁事由としての「婚姻の成立」は全く立証されていない。真偽不明の場合には主張立証責任を負う被告側が不利益を受けることになる。よって本件請求は当然に認容されるべきことになる。
   
* 裁判所は請求を認容する当方勝訴の判決をしました。
* 相手方から控訴されたので本件は高裁でさらに議論することになります。福岡高裁および最高裁の状況について2020年8月26日「身分行為における追認」を参照して下さい(勝訴確定)。

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