因果関係の意味:医学と法学
「因果関係」という言葉は、医学と法学で異なる意味で使われています。自然科学に属する医学と社会科学に属する法学の存在意義の違いにもとづくものと言っても良いでしょう。
1 医学的因果関係
自然科学に於ける因果関係は、前提事実をA・帰結されるべき事実をBとすれば、A→Bが100%生じることが「実験により検証されること」を言う(仮に疑わしい場合は「統計学的表現としての確率」で表現される)。自然科学で最も重要なのは「将来の予測」である。例えば、この材料を使ったらどの程度の負荷に耐えられるのか等の「仮説」が実験によって「検証」されなければならない。物理学を典型とする自然科学に於いてA→Bは「将来の予測」として「それが100%生じる」という意味で議論される「事実命題」である。自然科学の1分野である医学に於いても言葉の意味は基本的に同じである。ただ人体には個体差があるのでA→Bが100%生じる命題は必ずしも確立出来ない。それゆえ医学の治験においては大量の観察データを統計学的に処理し「有意な命題」が得られれば医学的な意味での有効性(因果関係)が認められている。医学に於いてA→Bは「将来の予測」として展望的(プロスペクティブ)に議論されているのである。
2 法学的因果関係
社会科学に於ける因果関係はA→Bが100%生じることではない。社会的出来事は厳密な意味で「実験」が出来ない。社会科学に於ける因果関係は歴史的事実としてのBをふまえ、その原因たる事象Aを推測(評価)する試みである。未来がどうなるか誰も判っていなかったにもかかわらず、学者は特定の事象Aを本質として抽出しA→Bなる命題に洗練させてゆく。社会科学に於ける因果関係はA←Bという認識を逆に表現する「評価命題」である。社会科学の1分野である法学に於いても言葉の意味は同じである。法律実務に於ける因果関係は、歴史的事実としてのBをふまえ、その原因が疑われる事象Aに帰責させることが出来るか否かを議論するものである(Aが存在すれば100%Bが生じるか否かを議論するのではない)。法律家は悪しき結果Bを帰責させるべき事象Aとして抽出し、事後的にA→Bという命題に洗練させてゆく。法的因果関係はA←Bという探求作業を逆から(レトロスペクティブにA→Bとして)表現するものである。例えば「過労後に自殺した」事案で因果関係が認められるという意味は「A→B」なる命題が自然科学的に成立することではない。死という結果に関し「遺族だけが背負わなければならないのか(過労させた企業にも責任があるのでは?)」という評価を加え回顧的(レトロスペクティブ)に「A→B」と表現するものである。
* 上記「自然科学的因果関係」の説明は(法的因果関係を説明する方便で)簡略化し過ぎました。自然科学も「100%」の証明をすることは困難であり、現時点に於いて「法則」「理論」として確立している命題も「現在のところ得られているデータ上は反証されていない」という意味で暫定的真実性が与えられている仮説です。ただ訴訟の準備書面として「科学の不確実性」に言及すると議論が複雑になりすぎ裁判官に与える単純明快な説得力を損うので訴訟では割り切って単純な対立構造として描いています。法学的因果関係は回顧的・評価的な概念なので「あるか・ないか」というオールオアナッシングではなく「どの程度あるか」という割合的な考え方も可能です。損害賠償請求訴訟における「素因減額」の考え方は<因果関係をゆるやかに考え被害者保護を可能にすることにより逆に加害者に酷な結果が生じないように>というバランスをとる法理として生まれてきました。