偶然性の主張立証責任
保険金請求訴訟で「偶然性の主張立証責任」がいずれにあるかは直接に訴訟の帰趨を決する重大な問題です。性質上これらは白か黒かではなく灰色すなわち「よく判らない」という流れになることが多く、かかる場合は主張立証責任を負う側が敗訴となるからです。この点に関しては多くの最高裁判例がありますが、変遷しているので一度整理しておかないと判りにくいものです。
第1 総説
被告は「傷害保険における偶然性の立証責任は請求者にある」との見解を述べ、その根拠として最判平成13年4月20日と自社約款を挙げる。この最判は事後に多くの批判がなされ、趣旨を異にする最高裁判例が数多く出されてきた。意図的に無視するかのようである。保険約款は営利企業が一方的に作成するものであるから何故に弱者である消費者を拘束するのか問われなければならない。そのことへの言及もない。保険法制定・消費者契約法との関係にも触れられていない。請求の要件として消極的事実を挙げること(積極的事実の組み合わせで構築されている要件事実論の根本に抵触すること)に関する何の考慮も無い。
第2 判例と学説の流れ
1 平成13年4月20日(傷害保険)
ⅰ 事案
被保険者が建物屋上から転落死し自殺か否かが争われた事案。
ⅱ 判旨
保険金請求する者に、発生した事故が偶然な事故であること(非故意性の事故であること)の主張立証責任を負わせた。保険金請求を棄却した原審判断を是認。
ⅲ 影響
保険会社が請求者側に「非故意性の主張立証」を求めて支払を拒む事案が続出し、社会問題となった。
2 平成16年12月13日(店舗総合保険)
ⅰ 事案
ビル内で火災が発生し居室等を焼損した事案。
ⅱ 判旨
火災保険金の請求する者は発生した火災が偶然な事故であること(故意による事故ではないこと)についての主張立証責任を負わないとした。
ⅲ 評価
故意による事故ではないことの主張立証責任が請求者にあるとの方向で統一されるとの観測は否定された(この平成16年判決が事後の最高裁をリードする)。
3 平成18年6月1日(車両保険金)
ⅰ 事案
車両が海中に水没し車両保険金を請求した事案。
ⅱ 判旨
車両保険金の請求する者は発生した事故の発生が被保険者の意思にもとづかないものであることについて主張立証する責任を負わない。
ⅲ 評価
請求者に主張立証責任を負わせた高裁判例を明示的に破棄した。
4 平成18年6月6日(車両保険金)
ⅰ 事案
車両の表面に傷が付けられたとして車両保険金を請求した事案。
ⅱ 判旨
車両保険金を請求する者は発生した事故の発生が被保険者の意思にもとづかないものであることについて主張立証する責任を負わない。
ⅲ 評価
請求者に主張立証責任を負わせた高裁判例を明示的に破棄した。
5 平成18年9月14日(テナント総合保険)
ⅰ 事案
火災による什器備品等に関する保険金を請求した事案。
ⅱ 判旨
火災保険金を請求する者は火災により損害を被ったことを立証すれば足り、火災発生が偶然のものであることを立証しなくても保険金支払いを受けられる。契約者の故意または重過失によって保険事故が発生したことは、保険者において免責事由として主張立証する責任を負う。
ⅲ 評価
損害保険分野では「保険会社に故意の立証責任がある」ということで概ね決着が付いたのではないかとの観測が多い。
6 平成19年4月17日(車両保険)
ⅰ 事案
車両の盗難に関する保険金を請求した事案。
ⅱ 判旨
車両保険金を請求する者は外形的な事実を主張立証すれば足り、事故が契約者の意思に基づかないことの主張立証責任を負うのではない。
ⅲ 評価
偶然性の立証責任を請求者に課した原審の判断を否定した。盗難については保険会社が故意の立証責任を負うことが明らかとなった。
7 平成19年4月23日(車両保険)
ⅰ 事案
車両の盗難に関する保険金を請求した事案。
ⅱ 判旨
車両保険金の請求する者は外形的な事実を主張・立証すれば足りる。請求者は事故が契約者の意思に基づかないものであることの主張立証責任を負うものではない。
ⅲ 評価
偶然性の主張立証責任に関して原審の判断を肯定した。
8 平成19年7月6日(傷害保険)
ⅰ 事案
災害補償特約にもとづく保険金を請求した事案。
ⅱ 判旨
請求者は、外部からの作用による事故と被共済者の傷害との間に相当因果関係があることを主張立証すれば足り、被共済者の傷害が被共済者の疾病を原因として生じたものではないことまでも主張立証すべき責任を負うものではない。
ⅲ 評価
保険金請求に関する「請求原因説」を否定し「抗弁説」を採用した。現在では、学説の多くも最高裁判決の立場を支持している。
9 平成19年7月6日(傷害保険)
ⅰ 事案
災害補償特約にもとづく保険金を請求した事案。
ⅱ 判旨
請求者は、外部からの作用による事故と被共済者の傷害との間に相当因果関係があることを主張立証すれば足り、被共済者の傷害が被共済者の疾病を原因として生じたものではないことまで主張立証すべき責任を負うものではない。
ⅲ 評価
保険金請求に関する「請求原因説」を否定し「抗弁説」を採用した。現在では、学説の多くも最高裁判決の立場を支持している。
10 平成19年10月19日(傷害保険)
ⅰ 事案
人身傷害特約にもとづく保険金を請求した事案。
ⅱ 判旨
請求者は、運行事故と被保険者がその身体に被った傷害との間に相当因果関係があることを主張立証すれば足りる。
ⅲ 評価
保険金請求に関する「請求原因説」を否定し「抗弁説」を採用した。現在では、学説の多くも最高裁判決の立場を支持している。
第3 約款と立法との関係(以下、略)
* 具体的事案の訴訟指揮は裁判官により様々。主張立証責任が相手方にあっても当事者がなにもしないで良い訳ではありません。依頼者に有利な事実を積極的に主張立証することが望まれます。主張立証責任はかかる審理を経て裁判官が判決を書く際に何を拠り所にして判断するかの指標です。
* 福岡地裁久留米支部は請求者に偶然性の主張立証責任を負わせた約款を形式的に適用し「原告の主張立証では請求原因事実が認められない」という構成で請求を棄却しました。全く受け応えられないので控訴しました。高裁判決が出たら報告します。
* 高裁判決を受領。最判平成13年4月20日は生きているとの前提で控訴棄却。弾劾のため証拠提出した論文類(最判に批判的な学説)は完無視されました(涙)。