法律コラム Vol.119

不当な退職慰労金不支給の救済

会社の役員が任期満了退職をする際は退職慰労金を支給されることが通常です。多くの会社に退職慰労金支給規定があり、これに従って退職慰労金が支払われています。しかし退任取締役と後任執行部との間に不和があると、執行部が「株主総会に支給決議案を付議しない」ことにより退職慰労金が支払われないことで法的な紛争になり得ます。以下は私が作成した原告側準備書面の総論です。

第1 総論(本稿の構成)
 本稿は原告のこれまでの主張立証・被告側の反論反証・裁判所の求釈明などをふまえて「取締役の退職慰労金不支給を理由とする損害賠償請求訴訟」の要件事実的な検討を行う。底本にしたのは東京地方裁判所商事研究会編「類型別会社訴訟(第2版)Ⅰ」(判例タイムズ社)である(甲11)。本稿が議論の混乱を収束させ裁判所による良き訴訟指揮を導くのであれば幸いである。
第2 要件事実的な考察
 1 考察の基礎
   取締役の退職慰労金不支給(減額)を理由とする損害賠償請求訴訟の「要件事実」は以下のとおりである(甲11・125頁以下)。
① 被告会社の株主総会が原告を取締役に選任する旨の決議をし、原告が取締役就任を承諾したこと
② 原告が取締役を退任したこと
③ 被告会社の取締役が善管注意義務違反ないし忠実義務違反の行為を行ったこと
イ 株主総会が一定の基準に従って原告に対する退職慰労金額を決定することを取締役会等に委任したにもかかわらず取締役会等が正当な理由無く合理的期間を徒過しても退職慰労金を決定しないこと
ロ 株主総会が一定の基準に従って原告に対する退職慰労金額を決定することを取締役等に委任したにも拘わらず取締役等が基準を逸脱して退職慰労金の不支給ないし減額を決定したこと
ハ 取締役任用契約に退職慰労金付与の特約があったにも拘わらず取締役会等が正当な理由無く合理的期間を徒過しても原告への退職慰労金支給に関する議題を株主総会に付議しないこと
④ 原告の損害とその数値
⑤ ③と④の間の相当因果関係(善管注意義務違反等の行為が無ければ株主総会または取締役会等で原告に対し原告主張の損害額相当の退職慰労金を支払う旨の決定がされたと認められること)
 2 争いの無い事実と争点
   上記①は争いが無く証拠上も明らかである。②は「自発的な退任」ではなく「被告が主導した不本意な形」ではあったが現時点で取締役(代表取締役)の地位にないことは争わないので結果として②は認めることになる。④については争いが無い。したがって本件において実質的に争点となるのは③と⑤である。うち③は本件で原告の退職慰労金支給の件が株主総会に付議された事実がないので上記ハの類型が問題になる。(以下は略)

* 福岡地裁久留米支部は「取締役任用契約に退職慰労金付与特約があったとは認められない」として請求を棄却しました。直ちに控訴し詳細な控訴理由書を書きました。
* 福岡高等裁判所は令和4年12月27日、退職慰労金付与の「黙示の合意」があったとして福岡地裁久留米支部判決を取り消し、被控訴人(不当な不支給を主導した現在の代表取締役)に対して相当な金額の支払いを命じる判決をしました(認定損害額1割の弁護士費用分を加算)。
* この判決に先例的な意義が認められ、判例雑誌で「重要判例」として紹介されました(金融商事判例№1667;2023年6月1日号16頁)。
* 令和5年6月21日、相手方の上告兼上告受理申立は棄却され高裁判決が確定しました。
* 当職が提訴に当たって拠り所にした佐賀事案に関しては地裁判決(平成23年1月20日)しか公刊されておらず(判タ1378・190)そのことが「事例的な判断」という軽い評価に繋がっていました(銀行法務21NO.753・70頁)。そのため私は当該訴訟の代理人に連絡を取り(たまたま同期の知り合いだった)当該事案の高裁判決(平成23年6月23日)最高裁判決(平成24年1月27日)を入手することが出来ました。これを福岡高裁に証拠提出することによって当方主張の説得力を大いに高めることが出来ました。感謝。
* 興味がある方は江頭憲治郎「株式会社法第9版」(有斐閣)489頁参照。佐賀事案においては「一種の議決権拘束契約」が締結されていたと江頭教授は認定し評価しています。本件事案において同様の評価が出来るのか否かについては論者の評釈を待ちたいと思っています。
* 医療過誤訴訟の分野には「相当程度の可能性」理論といわれる救済法理を説く最高裁判例があります。本来的な損害賠償請求が認容されるための厳格な要件事実(オールオアナッシング的解決を志向)ではなく柔軟な要件事実を構築(因果関係を少し緩める代わりに損害算定を低額化:割合的な解決を志向)するもの。私の事案において裁判所が認容したのは請求額の何分の一かです。印象論に過ぎませんけど会社法の分野でも「実務的に使いやすい柔軟な要件事実」を構築する議論が開始されているのかなと思ったりもします(当然ながら判決文では全く言及されていないので今後の法律学者の理論的検討を期待しております)。判例タイムズ1510号209頁の評釈は「一般的には相当因果関係の立証は難しいことが多いと言われている」とした上で「支給規定による算出額の一部を損害として認めた」本判決を「事例判断的な要素が強いものと言える」と評しています(本件は「株主が控訴人と被控訴人だけ」という特殊事情があるので被控訴人が義務違反をしなければ:議案を総会に上程して義務に従って可決していれば:規定に従って支給がなされていたのは確実でした)。

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