法規範のデンプン化とアルファ化
佐藤洋一「食の人類史」(中公新書)に以下の記述があります。
都市が登場して人口が集中するようになってからは糖の分子が集まって出来たデンプンがエネルギー源として重要性を増すようになった。デンプンのかたちをとればエネルギーは長期にわたる保存が可能な上、運搬にも便利である。(略)穀類やイモ類が有効に活用できたのも加熱によるデンプンのアルファ化ができたからである。デンプンは種子に蓄えられたままの状態では硬く、また消化も悪いが、熱が加わることで分子構造が変わって柔らかくなり、消化も良くなる。この状態になることをアルファ化といい、加熱の意味合いのひとつとなっている。
条文・判例・学説という法規範は弁護士行動の前提。これなしには仕事が出来ないエネルギー源。しかし条文・判例・学説はそのままでは実務で使いにくく頭の中への蓄積も容易ではありません。そのため法規範の「デンプン化」が必要となります。脳内の長期間保存が可能となるように「汎用性の高い簡単な命題」の形にして頭の中に蓄えていきます。デンプン命題は(保存性は良いものの)そのままの状態では硬くて消化も悪いものです。が現場において事実に適用する場面になると弁護士はこの命題に若干の水(事案の個性)を加えて加熱(弁護士エネルギー注入)を施します。すると、あーら不思議。デンプン命題の分子構造が変わり、柔らかくなって、消化も味も良くなります。このようにして<デンプン命題>が実務の現場で使いやすい<アルファ化命題>になるのです。法規範のデンプン化とアルファ化は「要件事実・事実認定」という名称で修習生に叩き込まれます。このようにして法律家の卵(修習生)は料理(実務)の基本を学んでいくのですね。