5者のコラム 「芸者」Vol.144

底なしの穴を埋める作業

 前田司郎「口から入って尻から出るならば口から出る言葉は」(晶文社)の記述。

多分、何か芸術的な創造に従事するとき裕福であることはかなりのアドバンテージであるような気がする。しかし幸福に関してはまた別な話のようだ。優れた芸術家がみな幸福だったかというと逆な気がする。あまり幸せだった人は少ない気がする。だから知らないけど、みんな幸福を自慢せずに不幸を自慢するものね。そして幸福になるために僕は小説を書いたり芝居を作ったりするけど、それはそれでお金を儲けて幸福になろうっていう考えではなくて、そうすることで何か穴をせっせと埋めているようなことで、その穴には底が無くて、だから底なしの穴を埋めるべくせっせと何かを作る作業はちっとも現実的なものでは無く、観念的というか精神衛生を良く保つための自分への言い聞かせのようなものであるのかもしれない。そして、その底なしの穴は多分人間全部にあって、それに気づかない人も中にはいるかもしれないけど、とにかくその穴を埋めようとする行為こそ幸福を求める行為であって、もし誰にとってもそうであるのなら、お金は持っていないより持っている方が良い、という話である。

弁護士業に従事するとき、裕福であることは相当なアドバンテージとなります。事務所の資金繰りに困っている弁護士に通常良い仕事は来ません。が、幸福に関しては別です。裕福な弁護士が幸福かというと逆な気がします。弁護士はみな不幸を自慢します。弁護士のやりがいも何か穴を埋めているようなものです。その穴には底がありません。底なし穴を埋めようとせっせと何かをする作業は現実的なものではあり得ません。観念的で、精神衛生を良く保つための自分への言い聞かせのようなものです。でも、その穴を埋める作業こそ弁護士が幸福を求める行為なのです。そういう部分を意識している人もいれば意識していない人もいます。いずれにせよ、金銭的に貧乏な状態は、弁護士の仕事を続けていくためには、精神衛生上良くないです。